westergaard 作品分析

映画、ミュージカル、音楽、自分が好きなものを分析して語ります。

新ディズニープリンセスソング【Starting Now】歌詞 和訳

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Starting Now とは

2021年5月21日、ディズニープリンセスブランドのための新たな曲が公開されました。

その曲名が「Starting Now」(いま、はじまる)。

2021年はディズニープリンセスにとって特別な一年になります。
というのも、5月に発表になったグローバルに展開する「Disney Ultimate Princess Celebration」というプロモーションキャンペーンを大々的に行うことが決まったからです。
このプロモーションに合わせて公開されたのがこの曲。

youtu.be

歌っているのは「実写シンデレラ」の役者!?

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歌っているのは、「実写シンデレラ」でシンデレラをつとめた Brandyさん。

え?ディズニーの実写シンデレラって Lilly Jamesじゃないの?って思った方もいると思いますが、Brandyが演じた実写シンデレラも間違いなくディズニーのものです。

Brandyが出演したのは1997年にテレビ放映されたもの。ロジャース&ハマースタイン版のシンデレラのミュージカル映画をさらにディズニーがリメイクしたもので、振り付けを担当したのは、最近では『イントゥ・ザ・ウッズ』(2014)や『メリー・ポピンズ リターンズ』(2018)で有名なロブ・マーシャル

Brandyは、黒人のR&B、ソウル系のシンガーソングライター。そう、1997年の時点でディズニーが制作した黒人の実写シンデレラが存在していたのです。このことは、特に日本ではあまり多く知られていないのではないかと。

そして今回ディズニー社は、「Disney Ultimate Princess Celebration」をグローバル展開するにあたり、彼女に再びスポットライトを当て、主題歌となる「Starting Now」を歌ってもらったのだ。

 

歌詞と和訳 散りばめられた「魔法」

歌詞の中にこれまでの歴代プリンセスたちが歌ってきた「I Want Song」の歌詞のピースが散りばめられているので、丁寧に見ていきましょう。

歌詞の和訳は対訳であり、わたしの解釈に基づいたものになっています。ディズニージャパンの公式訳ではありません。

 

There’s a girl I find
In my reflection, she is smart and kind
わたしが見つけた少女
わたしの目に映る姿(リフレクション)では 【ムーラン】
彼女は賢くて優しい

Don’t need protection she’s a warrior
And she is waiting for you
Just around the bend
守ってもらう必要ない だって戦士だもの
彼女はあなたを待ってるの
曲がったすぐそこで 【ポカホンタス

 

Where every day you’re a hero
That lights up the dark
そこでは あなたは毎日ヒーローで
闇を照らす光で

Where you lead with your courage
And dream with your heart
導くの その勇気と
夢と その心で

Where there’s a whole new world
すべてが初めての世界(ホールニューワールド )がある
そんな場所
ジャスミン

 

Starting now
There’s no room left for wondering
いま、駆け出そう
疑ってる余地なんてないの

Got a new vision of yourself
And she’s who you wanna be
Starting now
自分自身の新しい姿を 想い描いて
その彼女こそ あなたがなりたい姿なの
いま、駆け出そう

 

Tell the moon that you’re on your way
Tell the stars you’ll be right there
月に伝えて 今向かってると
星々に伝えて もうすぐ着くよと

Say goodbye to yesterday
Starting now
昨日にはおさらばして
いま、駆け出そう

 

 

The girl next door
That’s how they see me
But I’m so much more
隣に住んでる女の子
その程度にしか見られてないけど
そんなもんじゃないの わたし 

I’m rising from beyond the sea
I’ve grown into the unknown
Up to where
I see the light
海の向こうから立ちあがり
【アリエル】
未知へ向かって成長し【エルサ】
輝きを見られる場所へ登るの【ラプンツェル

 

I wanna take on my dream with
Compassion and pride
思いやりと誇りを持って
夢を叶えたい

I am courageous and strong
With my friends by my side
Who knows how far I’ll go
勇敢で強いもの
友達が味方にいれば
わたしが どこまでいくかなんて
誰も知らないもの【モアナ】

 

Starting now
There’s no room left for wondering
いま、駆け出そう
疑ってる余地なんてないの

Got a new vision of yourself
And she’s who you wanna be
Starting now
自分自身の新しい姿を 想い描いて
その彼女こそ あなたがなりたい姿なの
いま、駆け出そう

Tell the moon that you’re on your way
Tell the stars you’ll be right there
月に伝えて 今向かってると
星々に伝えて もうすぐ着くよと

Say goodbye to yesterday
Starting now
昨日にはおさらばして
いま、駆け出そう

 

Starting now
いま、駆け出そう
Starting now
いま、駆け出そう
Starting now
いま、駆け出そう

 

Save the day
Break the curse
I will always have a heart of gold (gold)
窮地を救って
呪いを解くの
いつだってわたしにはあるの
思いやりに溢れた黄金の心が

 

There’s a girl I find
Her story is a tale as old as time

わたしが見つけた少女
その子の物語は 語り継がれる物語【ベル】

 

Starting now
There’s no room left for wondering
いま、駆け出そう
疑ってる余地なんてないの

Got a new vision of yourself
And she’s who you wanna be
Starting now
自分自身の新しい姿を 想い描いて
その彼女こそ あなたがなりたい姿なの
いま、駆け出そう

Tell the moon that you’re on your way
Tell the stars you’ll be right there
月に伝えて 今向かってると
星々に伝えて もうすぐ着くよと

Say goodbye to yesterday
Starting now
昨日にはおさらばして
いま、駆け出そう

 

Starting now
いま、駆け出そう
I’m starting now

いま、駆け出そう
Now
いま

 

I’m starting right now
I’m starting right now
いま、駆け出そう
いま、駆け出そう

Yeah
I’m starting now
いま、駆け出そう

 

PVの方も映像が非常によく編集されており、最後のI'm starting right nowのところで、続編でそれぞれの道を選んだアナとエルサが登場して幕を閉じるというのも、Frozenの姉妹こそが「ディズニープリンセス」の最終形態を象徴しているように読み取れます。


すでに公開済で含めることもできたラーヤですが、この一大イベントに含められなかったということは、彼女以降はもう「プリンセス」ではない括りとして扱っていくのではないかとも取ることができます。

ヴァネロペやラーヤ、これ以降の女性主人公たちに対するディズニーの扱いが気になります。

特に日本では、ようやく2021年のUltimate Princess Celebrationをもって、これまで排除し続けてきたポカホンタス、ムーラン、ティアナ、メリダに関しても同等にプロモーションしていこうという姿勢を見せ始めたので、今後の変化に期待です。

最近あまり更新できていない当ブログですが、2021年も「ディズニープリンセス」を追いかけていきます。

 

ミュージカル『The PROM』:差別的なダークユーモアはどこまで翻訳できる??(2)〜ブロードウェイ版、Netflix版、地球ゴージャス版を観て〜

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はじめに

前回の記事では、ミュージカル『The Prom』のベースとなった、偽プロム事件の背景や、ブロードウェイでこの事件を取り上げた作品を上演したことの意義を紹介した。

2本目のこちらの記事では、差別的なダークユーモアがどこまで翻訳できるのか?ということで、日本にこの作品を持ってきたときにわかりづらくなる部分や、少々問題となる部分について解説していく。

(全部で3本立てのうちの2本目にすることにしたので、完結はしませんが笑)

 

第1弾はコチラ!⬇︎⬇︎⬇︎

ikyosuke.hatenablog.com

 

リベラル 対 コンサバティヴ の対立構造だが…

前回の記事に書いたように、この作品の中ではブロードウェイとインディアナの対立構造で話が進められていく。

A)リベラルで人権問題に敏感で、同性愛に寛容な都市部のブロードウェイ

B)コンサバティヴでキリスト教を大切にしていて、同性愛に不寛容な田舎のインディアナ

この対立構造に加えて、ストーリー全体を通したメッセージを見ると、一見リベラルな価値観をコンサバティヴな人たちに教えにいくことで、差別を受けているエマを救うという流れに見えてしまいがち、というかそのつもりで鑑賞してしまいがちだが、ブロードウェイサイドの人間たちもまた非常に差別的であるものとして描かれている。

 

偏見にまみれたリベラル側の人たち

リベラル側の人たちの代表としてこのストーリーを推し進めていくのが、D.D.アレンとバリー・グリックマン、そしてトレント・オリバーとアンジーらだ。かれらが、自分たちの名誉挽回のためのアクティヴィズムを起こす対象としてエマの事件を見つけた直後に歌うナンバーが、「Changing Lives (Reprise)」。 

Changing Lives (Reprise)

この曲でバリーたちは、エマの受けているヘイトと戦いにいくことを歌い上げる。

We're gonna teach 'em to be more PC
奴らにもっと 政治的に正しくなるように教えにいくんだ

ここは、地球ゴージャス版では「教えに行かねば、差別!」と少々当たり障りのない感じの訳詞になっていた。もちろんここの「PC」は「Politically Correct」のことで、政治的に正しくなるよう教えると歌い上げている。しかし、彼ら自身どれほどインディアナの人たちに対する偏見が凝り固まっていることがこの曲の他の部分の歌詞に表出している。

まずは次の部分。

We're going down to where the necks are red
And lack of dentistry thrives
向かうんだ 首が赤く焼けていて 歯医者も足りていないところへ

地球ゴージャス版では、「the necks are red」の部分は訳詞には反映されていないが、この「首が赤く焼けている」というのは、いわゆる「レッドネック」のことを指している。レッドネックというのは、アメリカ南部の農村部の保守的な貧困白人層(プアホワイト)を指す表現で、差別的な意味合いを持っている。彼らは、日差しが強い南部で野外労働しているために首が焼けて赤くなっていることから「レッドネック」という呼び名がついていると言われているが、他に当てはめられる代表的なステレオタイプは以下の通り。

 

・南部なまりの喋り方
・歯並びが悪い(これが「歯医者も足りてない」の歌詞に反映されてる)
・保守的で共和党支持者
・人種差別的
・都市部のリベラルの人を敵対視
ピックアップトラックや大型のアメ車
キリスト教右派原理主義者が多く、教会に通う
・テレビが好き
NASCARファンが多い(NASCARの他にもモンスタートラックなどといったようなモータースポーツが好き、というのが「Acceptance Song」の会場に反映されてる)

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実際に、レッドネックステレオタイプを芸風にしているコメディアンもおり、その中でも有名なのはラリー・ザ・ケーブルガイで、日本では『カーズ (2006)』のメーターの声を務めていることで知られている。もちろんそのメーターもレッドネックステレオタイプで描かれている。南部なまりで、歯並びが悪く、彼はまさに大型車のレッカー車(車の世界的には肉体労働)である。そして彼は最終的にライトニングマックィーンの親友となりレースファンになる。NASCARはカーズのマックィーンが参戦するピストンカップの基になったモータースポーツだ。

この後に続く4人が次々に言葉を発するシーンは、これでもかというくらいに差別的な印象が口にされる。

・Fist-pumping:ガッツポーズをする
・Bible-thumping:福音を説いている
Spam-eating:スパムを食べている
・Cousin-humping:従兄弟(血縁者)と性行為する
・Cow-tipping:牛を転がす(『カーズ(2006)』に出てきたトラクター転がしの元ネタはこれ)
・Shoulder-slumping:前屈みで姿勢の悪い
・Teabagging:-----(だいぶ性的なアレなので、知りたければググってください)
・Losers and their inbred wives:負け犬たちと、近親婚の夫人たち

 

www.youtube.com

Cow-tippingについては、なぜか地球ゴージャス版では「牛とヤっちゃう」と訳されていたが、おそらく誤訳?で、これは「立っている牛を転がす」というアメリカ農村部の悪戯のことを指している。(もともとは、牛は立ったまま寝ているから簡単に倒せるという迷信から来ているようだが、実際にそんなことはない。)まさにこれも『カーズ』でメーターがマックィーンに教える遊び「トラクター転がし(Tractor Tipping)」に反映されている。カーズがいかに南部のステレオタイプを反映した作品かが逆説的によく伝わる記事になってしまったが笑

その他にも、Changing Lives (Reprise) の終盤では、かなり性的な話が多く挙げられているが、総じて「教養がない」「分別のつかない」ような、酷く偏見にまみれた揶揄の仕方をしていることがわかる。

この辺りが、ブロードウェイでギャグとして機能するのは、観にくるリベラルな人たちが、実際にはインディアナのような地域に住んでいる人たち全員がそうではない、とわかっていながらも、どこかでこういったステレオタイプを見聞きしていて、心のどこかしらでは少しはそうかもしれない、と思っているよね?という前提を改めてこのような歌詞で叩きつけられることで、そんな偏見バカらしいと再確認するように作られているからだ。しかし日本の文脈ではこれらがそもそも知られていないので、「ステレオタイプ」としても機能しておらず、むしろへえ、そうなの?というような形である意味で新情報として聞かされるので、何がジョークなのかわからないという状況になりかねない。この辺り、文化の翻訳の難しさが思いっきり表出している。

 

「dyke」・「レズ」:あえて使われている差別的な呼称をどう訳すか?

そしてこの曲の最後は、バリーが次のセリフで締めくくる。

Now let's go help that dyke!
さあ、そのダイクを助けにいこう!

この「dyke」というのはレズビアンを指す侮蔑的な呼称であり、当事者が自分について使う以外は差別用語になってしまう。
もちろんこのセリフ(歌詞)はゲイであるバリーから発せられるものであるので、許容されるという面もあるのかもしれないが、このワードチョイスはグレーだ。このセリフがグレーなのは、Netflixの映画版ではこのセリフが “Now, let’s go start the fight” に変更されていることからも明らかである。舞台よりもより多くの人が世界中で見ることが予想されるための変更であろう。
この部分、地球ゴージャスによる日本語版ではここは「レズを助けましょう!」となっていた(その後の変更については後述)。
「レズ」はレズビアンに対する侮蔑的な呼称であり、これも差別的になるため通常当事者が自分のことについて言う以外、基本的には使ってはならないワードである。
この点については、演出担当であり、このセリフを言うバリー役の岸谷五朗が、以下の記事でのインタビューにおいて、差別的な用語は差別的に訳しているとの旨を語っているが、おそらくここのセリフのことを指していると考えられる。

――岸谷さんだったら、そういった悪口にとられかねない笑いの表現をどう扱いますか。
岸谷 使いようによってはありだと思います。たとえば、レズビアンのことを「レズ」と呼ぶと、侮蔑的に捉えられる可能性があるんですね。でも、お話の流れでその必然性があって、観客もレズビアンの人も納得するのであれば、「レズ」と呼んだ方がいい。日本語でもあるじゃないですか。悪口が実は褒めているようなことは。  

mi-mollet.com

 

と、記事の下書きをして三度目の観賞(公演開始3週目)に行ったところ、なんとここのセリフがレズビアン助けましょう」に変更されていたのだ。おそらく前述したような懸念があることから、観客なり関係者なりどこかしらから指摘が入ったのだろう。先ほどの記事によれば、もともと製作の段階から岸谷さんは当事者の人たちに台本を見せてフィードバックをもらった上で対話して決定しているというので、これまでもいろいろな監修はあった上での判断で公演を開始したのだろうが。

もちろん観劇しに来る全員が前述のような事情や、オリジナルの歌詞、台詞やその意図を把握しているわけではないので、ただ単に差別用語を使ったかのように取られてしまうことは十分にあるはずだ。作品全体としてはむしろ積極的に偏見や差別をなくしていくことに重きを置いているわけで、そこが逆効果を産まないようにやむなく変更したことはある意味懸命な判断であったかもしれない。

正直言って、私も初見を鑑賞した際にこの表現はかなり引っかかり、このナンバーが終わった直後、素直に拍手を送れなかったのは明確に覚えている。対してブロードウェイでは、「Oh! 彼はあんだけポリコレとか言ってるのに、dyke言っちゃうんだ〜おいおい!」って感じで笑うジョークになっており、それを観客が受け止められる前提で書かれており、実際に私が観劇した回の周りの観客もそこで笑っていた。こういったブロードウェイの「ダークユーモア」がどこまで日本の文脈で「ダークユーモア」として受け取ってもらえるかはかなり難しい部分だなと改めて考えさせられる変更であった。

(「ダークユーモア」に関連して、「ブラックジョーク」という言葉があるがこれはいわゆる和製英語であり、英語圏の文脈でこの言葉を使ったら、「黒人のジョーク」と捉えられトラブルになりかねないので注意。)

 

ブロードウェイ版を制作した人たちはどう考えている?

youtu.be

オリジナルキャストのバリー役のブルックス・アシュマンスカスは、上の動画内でのインタビューで次のように語っている。

このショーが美しいのは、誰のことも「ジャッジ(偏見を持って決めつける)」しないことだ。あるいは、どんなジャッジメントも茶化さないことだ。
私たちが演じる左派(リベラル)の人たちがアメリカの田舎町の人たちに対して行う決めつけも、その逆についてもそうだ。
この作品はオーディエンスに任せるんだ。それぞれが自分の課題を持っているのはもちろんだが、願わくば彼らにほんのちょっとでも光を射すことができればと。
(訳はブログ著者によるもの)

ここでどんなジャッジメントも「茶化さない」と言いつつも、実際にはそのジョークやユーモアで会場にいる観客は笑っているのである。そして明らかに笑いを取るべくして書かれた台本なのである。

この辺りが、感覚として直感的に文脈が少々異なる我々としては向き合うのが難しい部分であると言えよう。これらがジョークとして機能しているのは、そのジャッジメント自体を馬鹿にして笑っているというわけではないからである。

セス・グリーン役を務めたコートネイ・コリンズは、自身のキャラクターをできるだけ「party neutral」に、つまり特定の党派の代表としてだけの描き方にならないようにしていると前置きしながら次のように語っている。

私たちは、ニューヨークの(リベラルな)オーディエンスに対してパフォーマンスしてるけど、同時に中部の人たちに向けても演じてるし、いろんなところから来る人に向けて演じている。
誰が見にきても、どんな政治的立場であっても、観客は自分自身を見つめ直して、自分自身について笑って、自分自身について何かを学んで帰ることになる。
(訳はブログ著者によるもの)

この該当部分以外においても彼女は、ミセス・グリーンのキャラクターは実際に同性愛の子どもを持っていて、でも我が子が同性愛であって欲しくないと思っている母親との対話を重ねて作り上げたことを明かしている。こういった親の像は、決して必ずしもここの舞台で直接的に描かれているような聖書を理由にした考え方に基づかないものであっても当てはまるものであろう。

彼女がここで語っていたように、「笑う」のは自分自身の中にある偏見、凝り固まった考え方についてである。舞台上で行われるやりとりに自分を投影させて、自己反省としての意味を込めて笑うためのジョークであるということなのだろう。とはいえ、こういったジョークなりユーモアなりが、許容される素地があるかどうか文脈が共有されているかどうかは、状況や人を選ぶと言える。

 

3本目の記事へ、つづく…

今回は『The PROM』の二曲目のナンバー「Changing Lives (Reprise)」にフォーカスして、差別的なダークユーモアがどこまで翻訳できるのか、という問題を取り上げてきました。

3本目の記事では、兼ねてから取り上げたかった他のミュージカルからの引用ネタなどをナンバーごとに纏めながら、結局この作品が誰を受け手として想定している作品なのかを考えていきます。

 

 

第1弾はコチラ!⬇︎⬇︎⬇︎

ikyosuke.hatenablog.com

 

 

 

ミュージカル『The PROM』の背景にある同性愛をめぐる米国事情(1)〜ブロードウェイ版、Netflix版、地球ゴージャス版を観て〜

 

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はじめに

『The PROM』は2018年にブロードウェイで上演され、10ヶ月程度で幕を閉じた後、2020年にNetflixミュージカル映画化された作品。

現在は、岸谷五朗の翻訳と演出で地球ゴージャスの演目としてTBS赤坂ACTシアターで4/13まで上演されている。その後は大阪公演も控えている。

www.chikyu-gorgeous.jp

この作品は、アメリカでの同性愛をめぐるコンサバティヴ側の動きと、リベラルとされるブロードウェイコミュニティ側の両者の前提がある程度共有されていないと、所々分かりづらいことや、直感的に分かりづらい部分がある。筆者、westergaardは、2018年ー2019年をニューヨークで過ごしており、ブロードウェイの劇場に多く通ったため(そのうちのかなりをFrozenに費やしてしまったが笑)この『The PROM』も正式オープンの後11月に観劇していた。バンバン飛び出てくる「ギリギリをせめたダークユーモア」に、こんなどぎついのをやっているのか、と衝撃を受けつつ周りの客と一緒に笑いながらみたのを覚えている。しかし、日本で地球ゴージャス版を鑑賞した時、日本の文脈で見ると「笑っていいのだろうか?」と思って引っかかってしまうところが多くあった(もちろん今は感染症対策でそもそも声を出して笑うことは控える前提があるが)。

 

やはり、アメリカにおける同性愛をめぐる状況や、シアターのことについてもそれなりに把握しているたことが観客の前提として想定されていることが大きいと感じる。

何度か観劇しているが同行した知人が、ここはどこがギャグなのか、と尋ねてきた部分もいくつもあったのでこの記事を書くことにした。

まだ公演は続くので、ぜひこれから二度目の舞台を鑑賞する方や、映画版を観た上で舞台に行こうか悩んでいる方の参考になればと思う。

初見の方にはネタバレになる話が書いてあるので、ネタバレOKであればぜひお読みください。

 

※この作品は、おそらく日本の多くの人たちは2020年末にNetflixで配信されたライアン・マーフィ版で知ったのではないかと思う。ライアン・マーフィは、90年代の『Popular』や2010年代の『glee』で有名なティーンコメディを得意とする映画やテレビドラマを手がける方だ。もちろんこの映画版は、ほとんどブロードウェイ版をベースにしており、曲の追加や大きな変更はあまりない。しかし、『The PROM』は、ブロードウェイの舞台でやることを前提に、ブロードウェイのアクターコミュニティを自己批判的に描いている部分や、メタ・シアターの手法を用いた演出が多く行われているので、やはり舞台で見るのがフォーマットとしては合っているように思われる。 

 

この記事の第2弾はコチラ!⬇︎⬇︎⬇︎

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従来の「ティーンコメディ」と一線を画すフォーマット

タイトルのプロムは、これまで数々の映画や舞台で描かれたティーンものの見せ場として使われる「華のイベント」であることから、いわゆる学校を舞台にしたティーンものを想像しながら観に行った。同年には2004年のティナ・フェイの映画「Mean Girls」を同じティナ・フェイの脚本でミュージカル化したものも上演されており、そちらを先に見ていたので似たようなものを想像して行ったが、良い意味で期待を裏切った。

まず、ティーンもので散々描かれてきた、ティーンのスクールロマンスの見せ場であり山場となる「プロム」。それがどれほど異性愛規範を前提として、成り立っているもので、どれだけ排他的(exclusive)であったかを問題提起するくらいの作品である。

すでに観賞した方はご存知のように、インディアナ州の高校に通うエマが、ハイスクールの卒業を祝うプロムへ同性の恋人アリッサと参加しようとした結果、プロム自体を中止されたり、それが撤回されても策略で本家のプロム とは別の「偽プロム」へ行かされてしまうというのが前半のプロットになっている。

このプロットだけでも十分作品になりそうだが、実はもう一つの別の軸があるという作りなのだ。ここにさらにブロードウェイにかつてからあるシアターコミュニティ自体を自己再帰的に語る、ブロードウェイの人たちの在り方を劇中でメタ的に語る形式が持ち込まれる。

 

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『The PROM』は、ブロードウェイで新しいミュージカル「エレノア」のプレミアが行われたところから始まる。「エレノア」はいわゆる劇中劇であり、架空の作品だが、フランクリン・ルーズベルトの妻で、リベラル派の夫人運動家で文筆家でもあるエレノア・ルーズベルトを主人公にした作品になっている。

しかしこの「エレノア」は、主演のバリーグッドマンとD.D.アレンの人柄が作品とマッチしていないということが大きな理由となり批評家からボロクソに叩かれ、公演は初日で打ち切りになる。

そんな2人に加え、20年間『シカゴ』のコーラスをやっても主役が回ってこないアンジーと、ジュリアード音楽院を出ても仕事が回ってこなくてバーでバイトをしているトレント、バリーとD.D.の広報担当のシェルドンの合わせて5人が、自らの名誉挽回のために首を突っ込んでアクティヴィズムとして見せることのできる事件がないかをツイッターで探し、エマのことを見つけてその学校へ乗り込んでいく。

 

『The PROM』についてはせっかくなので数本記事を書くつもりで考えている。

まず一本目のこの記事では、①「偽プロム事件」の元になった事件の紹介と、②なぜ舞台がインディアナなのか?そして、③ブロードウェイで取り上げることの意義という時事的な背景を整理しようと思う。

 

①「偽プロム事件」のもとになった事件。

それは、2010年にミシシッピ州、フルトンのイタワンバ農業高校で起こった。

タキシードを着て、ガールフレンドをプロムへ連れて行こうとしたコンスタンス・マクミレンさんは、同性同士での参加を認めない教育委員会からプロムへの参加を禁止された。

そこで、そのことにマクミレンさんが抗議すると、教育委員会はプロム自体を中止にするという判断をした。

続いて、マクミレンさんとACLU(アメリカ自由人権協会)が学区を訴訟すると、裁判所は米憲法修正第1条で保障された権利(表現や宗教の自由)を侵害していると判断したが、学区に対してプロム開催を強制はできなかった。そんな状況の中で、マクミレンさんは騙されて、7人の生徒しかいない「偽プロム」に行かされた。

しかもそのうち2人は学習障害がある生徒だったという。一方で別の場所では「本物のプロム」が開催されていた。明らかな差別と隔離が行われたのだ。

このことが報道されると、ロックバンドのグリーン・デイや、料理人キャット・コーラ(ミシシッピ出身でフードネットワークで有名)、ランス・バス(オープンゲイで、イン・シンクのメンバーとして有名なミシシッピ出身の歌手)らセレブリティがSNSなを使って抗議し、マクミレンさんへの支援と、別のインクルーシヴなプロムを用意するための出資をすることになった。

大まかなプロットはこれに沿う形で作られている。2021年の現在から見ると事件自体は11年前の話になる。

www.theatlantic.com

 

②なぜ舞台がインディアナなのか?

『The PROM』では、散々インディアナがディスられるわけだが、ブロードウェイとインディアナ州は因縁の関係にあることが背景にある。

本作では、ブロードウェイのアクターたちがリベラルな考え方の代表者として、またエマを取り巻くインディアナの人たちがコンサバティヴな考え方をする人たちの代表として描かれている。もちろんその両者のどちらかが「正しい」という書き方をしていないところが本作の重要なポイントなのだが、そこが絶妙に日本の文脈で分かりにくいというのがあるようなので、それは次の記事で書こうと思う。

今はまず、インディアナがなぜコンサバの代表として描かれ、堂々とディスられるのかをまとめることを優先する。

 

話はドナルド・トランプが大統領戦に出馬表明をした2015年6月よりも3ヶ月前のインディアナ州に遡る。

2015年3月26日、インディアナ州で「宗教の自由回復法」の保護を定めた法律が成立した。

この法律は要するに、個人や企業が訴えられたときに、その防御として「宗教上の理由」を挙げることができる、とするもの。事実、インディアナ州ではこの時点でも同性婚が合法だったわけだが、ウェディングの業者が同性愛者の式を挙げないなど、事業者が同性愛者へのサービス提供を拒否することを認める可能性があるとして批判の対象になったのだ。

この法律に署名した州知事こそ、のちに副大統領になったマイク・ペンス共和党)だ。ペンスは、批判を受けてもなお、この法律が直接的に同性愛者に対する記述がないことを理由に、差別的でないとしたが、それでも世間では実質的にはセクシュアルマイノリティへの差別を合法化するものと広く認識された。

これについては当時、アップルや、セールスフォースなどの企業も抗議したり、アシュトン・カッチャーマイリー・サイラスなどのセレブリティたちも、#BoycottIndianaのハッシュタグで抗議したことは日本でも報道された。

www.afpbb.com

③ブロードウェイで取り上げることの意義

もともとブロードウェイのコミュニティは、基本的にリベラルな考え方の人たちが圧倒的に多数派なので、トランプの勝利に対して懸念を抱いていいたり憤ってえたりする人は当然多いわけだ。

あらゆる多様性に対してサポートする立場を掲げており、特に『RENT(1996)』を代表するような作品などで同性愛を大々的にテーマとして扱って問題提起してきているという流れもあるわけだ。

『Hamilton(2015)』は、今やモアナの作曲家としても名高いリン=マニュエル・ミランダが脚本・作曲・作詞・主演した作品だ。「アメリカ建国の父」と呼ばれるアレクサンダー・ハミルトンの生涯を取り上げながらも、あえてほとんどの役を有色人種の役者に演じさせヒップホップやR&B、ソウルなどの非白人音楽で演出して問題提起する作品として大ヒットした(Disney+で配信中)。

そんな『Hamilton』を、マイク・ペンスが鑑賞しにきたのだ。タイミングとしては、2016年の選挙でトランプが勝利し、次期副大統領になることが決まった直後であった。その公演のカーテンコールで、ペンスが来ていること把握した上で、アーロン・バー役のブランドン・ヴィクター・ディクソンはマイクペンスに対するスピーチをした。「この舞台があなたに対して、アメリカの価値観を支持し、国民全員を代表して動くよう深くインスパイアしていますように」という内容のある種の警告文書だった。当然ここには、『ハミルトン』自体で問題提起しているような人種の話だけでなく、前年にインディアナであったことも含んだ話であることは明らかである。そしてトランプがこのことに対してツイッターでキレたことを知っている人は多いのではないだろうか。

www.nytimes.com

 

『The PROM』の最初のトライアウト公演は、そんな2016年に行われた。

その後、ブロードウェイ版はプレビューが2018年の10月からスタートし、公式オープンは11月。翌2019年8月には閉まったので実質丸一年も公演はしていないが、2018年の年末のサンクスギビングデーのパレードでフィナーレのナンバー「It’s TIme To Dance」を披露し、最後にエマとアリッサのキスを見せたことで全国的に話題になった。メイシーズのパレードは長年テレビ放映されてきたがその歴史の中で初めて同性同士のキスが地上波で放送されたことはインパクトが大きかったようだ。

 

いったん結び。(次の記事へ続く)

まずこのような背景を前提にして作られたプロットであることは、ほぼ前提のように突きつけられてきて、そこにさらに、ブロードウェイのコミュニティに対する自己批判的な視点が別の軸として絡んでくるので、まずここまでの文脈があまり共有できていないと、突然何を見せられているのかわからないという状況になってしまう部分はあると思う。

 

次の記事では、実際にあった『偽プロム事件』とはもう一つ別の軸である、ブロードウェイコミュニティのあり方とその自己批判的なメタな視点や描き方について、実際にミュージカルナンバーを追いながら解説を加えていきたいと思う。

 

 

つづき:第2弾はコチラ!⬇︎⬇︎⬇︎ 

ikyosuke.hatenablog.com

 

 

Frozen2 アナ雪2【未公開曲:See the Sky 】歌詞和訳 マティアスとイエレナ達の歌

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はじめに

アナと雪の女王2公開からだいぶ経ちましたが、マティアスが歌う予定だった曲がいまだにフルで公開されていません。

Disney+で配信されている、メイキングドキュメンタリー「Into the Unknown」においては、その曲がカットされることになった試写とストーリートラスト会議の様子が紹介され、一部分のみ音源のついたストーリーボードが紹介されました。また一部分のみ歌詞の書かれたスクリプトが画面に映ったことから、その歌詞を書き出したものが現在 Disney Wiki の中に掲載されています。今回はせっかくなので、ここに掲載されている歌詞を和訳したいと思います。

disney.fandom.com

 

See the Sky とは?

See the Skyというのは、もともとエルサ一行が魔法の森に入っていき、マティアスら閉じ込められたアレンデール兵の集団と、イエレナが長をつとめるノーサルドラの人々に会った後、両者が口論をはじめそれに伴って過去のことやエルサへの期待が語られる歌だったようです。

メイキングドキュメンタリーを観る限りでは、試写とその直後のストーリートラスト会議では全体としてあまり評判が良くなく、すぐにカットが決まったような印象でした。実際はどうだかわかりませんが、Tangled:塔の上のラプンツェル、やZootopia:ズートピアバイロン・ハワードは「あの曲を入れる理由は?」と問うていたり、次回作 Raya and the Last Dragon(邦題未定)の共同監督ポール・ブリッグスは曲があることで混乱し、話が追えな区なるなどとコメントしていました。

そもそもマティアスには何らかの歌が用意される前提でキャスティングが進められていたようで、声を担当したスターリング・K・ブラウン自身もオーディションで歌も歌ったのに、という発言をこのメイキングだけでなく他の取材においても解答していたことはあちこちで語られています。

作詞家のクリステン・アンダーソン=ロペスは、この歌について、閉じ込められたアレンデール兵と、ノーサルドラの2つの集団から、エルサにプレッシャーをかけ、エルサが自分自身を彼らのために犠牲にしようと思わせるためにある曲だと説明していました。

エルサ の自発性を大切にするのだとしたら、このプレッシャーは非常に押し付けがましいものになってしまうので、カットされたのもわからなくはないですが。ここまで作ったということは何かしらもっと大きな意図があったようにも思えますが、あまりうまく読み取れるほどの情報がありません。

それでは、歌詞を掲載し、対訳をつけていきます。

 

歌詞・対訳

 

[Mattias]
Please understand the hope you bring
わかってください、あなたが希望をもたらしたこと

Your highness, we've tried everything
殿下、我々はあらゆることを試しました

We even once tried getting along
我々は手を取り合ったことさえあったのです

 

[Mattias, Yelana]
It didn't stick.
うまくいかなかったけど

[Yelana]
Nature wields an iron fist
自然は無慈悲な拳をふるってくる

[Mattias]
You twisted it and caused this mist
おまえたちが自然をこじらせてこの霧を起こしたんだろ

[Mattias, Yelana]
And everything you stand for is wrong!
おまえたちの支持する考え方はどれも間違ってる!

 

[Anna]
Tension.
落ち着いて。

 

[Ryder]
But that's behind us
でもそれももう、過ぎたこと

[Ryder, Honeymaren, Soldier]
Our words and weapons do no good
言葉も武器も何も役に立たない

[Yelana, Mattias]
You're the answer...
あなたこそが答え

[Yelana, Mattias, Honeymaren, Ryder, Soldiers]
...to a riddle
この謎を解くための

[All]
We never understood
我々にはずっとわからなかった

 

[Anna]
She's just one person!
でもエルサはただのヒトよ!

 

[All]
Yes
そう

You
あなたが

The gift nature gave us!
自然が我々にもたらした恵み

You
あなたが

Are here to save us!
我々を救いにここへ

Use your power, hear our cry!
力を使ってくれ、我々の嘆きを聞いてくれ

You're our only hope
あなたが唯一の希望なんだ

To ever see the sky
あの空をまた見るために

You
あなたが

Our only salvation
我々の唯一の救世主

 

[Elsa]
I want to give this to you!

あなたたちのためにしてあげたい!

 

****

[All (cont.)]
You
あなたが

Could be the solution
解決をもたらすのかも

 

[Elsa]

I want to give this to you!
あなたたちのためにしてあげたい!

 

[All]

You
あなたが

Are our resolution
我々にとっての解決策

 

[Elsa]

I'll do all I can do!
私にできることは全てする!

 

[All]

Sky or die!
空か死か!

It's do or die!
やるか死ぬか!

Do or die!
やるか死ぬか!

Do or die!
やるか死ぬか!

 

[Anna]

Can we NOT use that word?!
あの〜 その言葉使わないでもらえる?

 

[All]

This is the day
今日こそ

To see the sky
空を見られるか

You are the way
あなたが導き

We're gonna see the sky!
我々は空を見られる!

 

Set us all free
我らに自由を

To see the sky
空を見られるように

You are the key
あなたがカギだ

We're gonna see the sky!
我々が空を見るための!

 

****

 

おわりに

メロディのついた状況でないとなんとも言えないというのと、歌詞もこれで全てなのか、もっと前後に何かがあるのか、あらゆることが謎ですが、それを踏まえたとしてもちょっと微妙感が漂っていますね。

一曲の中で心情の変化や物語を展開していくのが売りのロペスソングにしては、内容がないような気がします。
これがあった方が最後の青空のシーンが引き立つのでしょうし、またイエレナとマティアスという全世代の代表者たちと、ライダー、ハニーマレンらの次世代とで考え方が少し違うことなどは表現されているように思いますが。

それにしても sky or die, do or dieを繰り返すところは、ダークユーモアにしても程があるだろ、と歌詞だけ見ていても思ってしまいました。アナが露骨にdieという言葉に対して難色を示すのがリアルで面白いですけども。

これよりは最終版で入った、Vuelieのリプライズの方がよっぽど自然でしたし、カットは良い判断だったのではないかと考えます。

 

マティアスには何か別の短編で歌ってもらいましょう。あるかどうか知りませんが。笑

 

ただ、先日発表になったオラフの短編「Once Upon a Snowman」のような形式で、本編の時系列の中で描かれなかった視点が描き足されるというパターンで、34年間の森の中で何があったのかなどを説明する短編が出てもおかしくないかもしれませんし、イエレナとマティアスについてはもっと知りたいと思っています。

youtu.be

イエレナについては、11月に発売になるアナとエルサの両親イドゥナとアグナルの秘密について語るスピンオフ小説「Dangerous Secrets」においてイドゥナの回想で語られるようですから、楽しみです。

youtu.be

まだまだ楽しめる Frozen Saga に関する情報が入ってきた際には、こちらのブログか、YouTubeチャンネル「作品分析WEGAチャンネル」にて発信していきますので、ぜひチャンネル登録よろしくお願いします。

 

 

 

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【アナとエルサの両親の物語】Frozen2 アナと雪の女王2スピンオフ小説「Dangerous Secrets」限定公開部分を和訳!(イドゥナとアグナル)

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はじめに

アナと雪の女王2公開から9ヶ月が経とうとしています。
2020年7月には、配信サービスDisney+でアナと雪の女王2のメイキングの様子を伝える全6話のドキュメンタリーが日本でも公開され、改めてアナと雪の女王2の制作過程が難儀であったことを私たちは目の当たりにしました。

そんなアナと雪の女王2でもまだ十分に語られることのなかったのは、アナとエルサの両親、アグナルとイドゥナについての物語です。

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来る2020年11月3日、そんな二人の過去を明かす公式のスピンオフ小説が発売になります。
この小説は日本語に翻訳されるかどうかは現時点では定かではありませんが、少なくともこの英語小説は日本のAmazonにおいても販売されることが決定しており、すでに予約が始まっています。

追記! 日本語翻訳版が2021年1月28日に発売されることが、著者 Mari MancusiさんからwestergaardにいただいたDMで発覚しました!

電子版は2021年1月15日発売予定とのこと。和訳版が出るということで、日本語ユーザの皆さんも安心して作品が楽しめますね!!

 

Frozen 2: Dangerous Secrets: The Story of Iduna and Agnarr

Frozen 2: Dangerous Secrets: The Story of Iduna and Agnarr

  • 作者:Mancusi, Mari
  • 発売日: 2020/11/03
  • メディア: ハードカバー
 

 

今回の記事では、数日前、2020年8月5日にINSIDERというサイトの記事で、限定公開になった小説の冒頭と思われる一部分を和訳します。

www.insider.com

記事でのイントロの文章に続いて、その本文を掲載しながら和訳を書いていきたいと思います。

 

追記!
追って著者 Mari MancusiさんのTumblrで公開になった、イドゥナが12歳時点でのシーンも和訳して追記しました! 

 

*****

(以下、記事の原文と和訳)

Iduna's secret is revealed to Elsa in 'Frozen 2,' but Agnarr grew up never knowing who saved him from the Enchanted Forest
イドゥナの秘密は「アナと雪の女王2」においてエルサに対しては明かされたが、夫であったアグナルは誰が彼を魔法の森で救ったのかを全く知らずに育ったのであった。

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In the opening scene of "Frozen 2," King Agnarr tells young Anna and Elsa a story about his father, King Runeard, and the dam he built for the Northuldra people who lived in a nearby Enchanted Forest. He says the dam was meant to bring the two groups closer together, but the Northuldrans launched a surprise attack on the Arendellians, killing King Runeard and knocking Agnarr unconscious. 
アナと雪の女王2」のオープニングシーンで、アグナル王は幼きアナとエルサに、自分の父ルナード王と、彼が魔法の森の近隣で生活していたノーサルドラの民のために築いたダムについて話す。アグナルはダムが両者を近づけるものとして築かれたが、ノーサルドラの民がアレンデリアンを急襲し、ルナード王を殺し、アグナル自信も意識を失ったのだと語った。

An unseen hero saved Agnarr before he could be trapped in the forest with the Northuldran and Arendellian fighters who were stranded there by magical spirits. He left the Enchanted Forest believing the spirits who saved him were loyal to his father's mission.
アグナルは、魔法の精霊たちにより足止めされたノーサルドラの民やアレンデール兵たちと共に森の中に閉じ込められる前に、見えざる英雄によって救助される。

It isn't until later in the film, when the sisters travel to the Enchanted Forest, that they learn the truth. Disapproving of their connection with the magical spirits, King Runeard's "gift" was actually part of his plan to weaken Northuldra's resources and he initiated the fighting. 
続く映画の中で、エルサとアナは魔法の森へと旅立ち、真実を知ることになる。魔法の精霊たちとの繋がりに難色を示したルナード王の「贈り物」(=ダム)は、ノーサルドラの資源を弱体化させるための計画の一部であり、彼こそが戦いを仕掛けたのであった。

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They also discover that their mother was a native of Northuldra and, with the help of the elemental spirits of Air, was the one who saved Agnarr. After saving the soon-to-be king's life, Iduna accompanied him on the trip back to Arendelle. The two grew up together, fell in love, and eventually married.
姉妹はまた、自分たちの母親がノーサルドラの者であり、風の精霊の助けを借りながら母こそがアグナルを救った者であったということを知る。亡くなったルナードに代わり王位を継承することになる彼を救った後、イドゥナはアレンデールへの帰路についていくことになる。二人は共に大人になり、恋に落ち最終的に結婚したのであった。

Whether for fear of being judged and cast out, or to protect Agnarr's memory of his father, Iduna never divulged the truth of her heritage or how she came to live in Arendelle.
真実の発覚から追放されることへの恐れか、はたまたアグナルの父親に対する記憶を守るためか、イドゥナは自身の系譜やアレンデールで生活することになった所以についての真実は決して明かさなかったようだ。

 

Iduna and Agnarr's wrecked ship gives Anna and Elsa a clue to the real reason for their voyage
イドゥナとアグナルの難破船が、アナとエルサに両親が旅に出た真の理由のヒントを与える。

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Anna and Elsa grow up believing their parents died on a two-week excursion to the Southern Sea. In the sequel film, the sisters find their parents' washed-up ship and a map that exposed the true reason for their journey. The king and queen were headed north — not south — to a mystical glacier on the Dark Sea that their mother had sung about when they were children.
アナとエルサは両親が、サザン・シーへの2週間の小旅行へ出て亡くなったと信じて育った。続編において姉妹は両親の難破船を見つけ、その中で発見した地図が二人の旅の真の目的を明らかにする。二人は南でなく北へ向かい、ダーク・シーに浮かぶ、神秘に包まれた氷河へと向かっていたのだ。その氷河は、まさにアナとエルサが幼かった頃に母が歌っていたものだった。

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Ahtohallan, Iduna and Agnarr's intended destination, is revealed as the source of the magical spirits in the Enchanted Forest and Elsa's icy powers. In an attempt to understand their daughter's powers, Iduna and Agnarr set out to reach Ahtohallan, but die trying. 
イドゥナとアグナルが向かっていたとされるアートハランは、魔法の森の精霊たちや、エルサの氷の力の源であると明かされる。自分たちの娘の力について理解するべく、二人はアートハランへ向かったものの、亡くなってしまったのだ。

 

In 'Frozen 2: Dangerous Secrets: The Story of Iduna and Agnarr,' Iduna finally tells Agnarr who she really is
本書「アナと雪の女王2:危険な秘密:イドゥナとアグナルの物語」において、イドゥナはようやくアグナルに自分が本当は何者であったかを伝えることになる。

Mancusi's new novel expands on the "Frozen" universe by telling the backstory of Anna and Elsa's parents, who weren't much more than a plot point in the original film. 
While at sea, Iduna finally decides it's time to tell Agnarr the truth, and that is where this new "Frozen" story begins. 
Mancusi氏の新しい小説は、映画一作目においてはただの物語を進める一つの要素に過ぎな買ったアナとエルサの両親のバックストーリーを語ることで、「アナと雪の女王」の世界を拡大させる。海の上で、イドゥナはついにアグナルに真実を伝える時だと心を決める。そしてそここそが新たな「アナと雪の女王」の物語が始まるところなのだ。

Read an exclusive excerpt from Mari Mancusi's 'Dangerous Secrets: The Story of Iduna and Agnarr' below
以下に、Mari Mancusiによる「アナと雪の女王2:危険な秘密:イドゥナとアグナルの物語」の一部分を限定で掲載する。

 

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THE STORM IS GETTING WORSE.
嵐がひどくなってきている。

Lightning slashes across an angry black sky, soon followed by the crash of thunder.
怒るような黒い空を、稲妻が切り裂く。それを追うようにすぐに雷が大きな音を立てて落ちる。

Waves pound against the ship's hull as I grip the wooden rail with white knuckles.
波が船体を強く叩きつけ、私(イドゥナ)は手に汗握りながら木製の欄干を掴んでいる。

Fierce gusts of wind tug my hair free from its braid, and damp brown strands whip at my face. I don't dare let go to brush them away. Instead, I keep my eyes on the sea. Looking for her.
荒々しい突風が私の髪を三つ編みから引き離すように強く引っ張り、湿った茶色の髪の毛が顔に鞭を打つように当たる。私は決してそれを払いのけようとはしない。
代わりに、私は海上へ目をやり続ける。彼女を探して。

In some ways, I've spent my entire life looking for her. And tonight, my journey may finally come to an end. Unfinished. Unfound.
ある意味では、私は人生の全てをかけて彼女を探し続けた。そして今夜、私の旅もようやく終わりを迎えるかもしれない。未解決のまま。見つけられないままに。

Ahtohallan. Please! I need you!
アートハラン。お願い!あなたが必要なの!

Perhaps she never existed at all. Perhaps she was simply a myth. A silly song to lull children to sleep. To make them feel safe and secure in a world that's anything but. Perhaps I was a fool to think we could simply go and seek her out.
きっと彼女は元から存在しなかったのだろう。きっと彼女はただの神話、作り話だったのだろう。子どもたちを寝かしつけるための真に受けるべきでない曲だったのだろう。決して安心できるわけでない世界において、子供たちを安心させ、落ち着かせるためにのものだったのだろう。きっと、純粋に探しに行けば見つけられると考えた私が愚かだったのだろう。

Learn the mother's secrets. I do know something about a mother's secrets.
母の秘密を学んで。私は母の秘密について少し知っている。

Another wave sweeps in, bashing against the ship's hull, sending a spray of icy seawater splashing at my face. I stumble backward, momentarily blinded by the salt stinging my eyes. A strong pair of hands clamps down on my hips; a solid chest at my back keeps me upright.
また別の波が押し寄せ、船体に打ち付けられ、氷を含んだ海水が私の顔に飛び散る。後ろへ倒れるようにつまずき、目を突き刺すような海水の塩分で一瞬目がくらむ。力強い二つの手が私の腰へ回る。がっちりとした胸が私の背中にあたり、私を立ち直らせる。

I turn, already knowing whom I'll find standing tall behind me. The man who has been with me almost my entire life. The man who has made me laugh—and cry—more than anyone else in the world. My husband. The father of my daughters. My enemy. My friend. My love. Agnarr, king of Arendelle.
誰がそこに立っているのかわかっていながら、私は振り向く。私の背後に立つ背の高い人。その人は、生きている間をほとんどずっと一緒に過ごしてきた。この世界の誰よりも私のことを笑わせ、泣かせた人。私の娘たちの父親であり、私の敵であり、私の友であり。私の愛する人。アレンデールの王、アグナル。

"Come, Iduna," he says, pulling me around to face him. He reaches out, clasping my hands in his. They are as warm and strong as mine are cold and trembling.
「おいで、イドゥナ」アグナルはそう言いながら、私を引き寄せ彼に向き合うように回転させる。彼は手を差し伸べ、私の手を握る。その両手は、私の手が冷たく震えてもいるのと同じくらい、暖かくて力強い。

I look up, taking in the sharp line of his jaw. The fierceness in his leaf-green eyes. If he's frightened, he's not showing it. "We need to go below deck," he says, shouting to be heard over the furious wind. "Captain's orders. It's not safe up here. One rogue wave could knock you overboard.”
見上げると、彼の顎の鋭いラインが目に入る。葉緑色をした険しい目。もし彼が怯えているなら、見せないであろう目つきだ。「甲板の下に降りないと」彼は猛烈な風に負けず聞こえるように叫びながら言う。「船長の命令なんだ。ここは危ない。荒波一つで船外に放り出されるかもしれない。」

I feel a sob rise to my throat. I want to lash out, protest the orders. I'm fine. I can take care of myself. I'm not some silly girl frightened by the elements.
私はすすり泣きが喉までこみ上げてくるのを感じる。抗議したい、命令に抗いたい。私は大丈夫。自分のことは自分で守れる。自然のエレメントに怯えるような愚かな少女ではないの、と。

But what I really want to say is, I can't leave. I haven't found her yet.
If I go below, I may never find her. And if I don't . . .
Elsa. My sweet Elsa . . . My dear Anna . . .
でも私が本当に言いたいのは、「ここを離れられないの。まだ彼女を見つけられていないから」だった。もし甲板の下へ降りたら、一生彼女を見つけられないかもしれない。もし見つけられなかったら。。。
エルサ。私の愛するエルサが。。。 そして大事なアナが。。。

 

Agnarr gives me a pointed look. I sigh, untangling my hands from his, and begin stumbling toward the stairs that lead to our cabin below, on legs unaccustomed to rough seas. I'm almost there when the ship suddenly pitches hard to the left and I lose my footing, grabbing on to the railing to save myself. I can feel a few of the crew watching me with concern, but I push forward, keeping my head held high. I am a queen, after all. There are certain expectations.
アグナルが私に鋭い視線を送る。私はため息をついて、彼のてから自分の手をほどき、荒れた海にまだ慣れぬ足で、よろめきながら甲板の下のキャビンへと繋がる階段へ向かう。もうすぐでたどり着きそうな時、船が急に左へ傾いて、足場を失った私は手すりをつかんで身を守ろうとする。数人の乗組員の心配そうな視線を感じる。それでも頭を高くして前進し続ける。何せ、私は女王。それ相応の期待をされている。

Once below, I push open our cabin door and move inside, letting it bang shut behind me. The captain has given us his cabin for the journey, which I insisted wasn't necessary, but I was overruled. It's the only cabin suited for a fine lady, he protested. Because that's how he sees me.
That's how they all see me now. A fine lady. A perfectly poised Arendellian queen.
But now, at last, Agnarr knows the truth.
下に降りた後、キャビンの戸を押し開いて中に入り、背後でバタンと閉ざした。旅の間、船長は我々に彼のキャビンを提供してくれた。私は必要ないと主張したけれども、その主張は取り下げさせられた。船長が主張するには、それが「立派な女性」に適した唯一のキャビンだと言う。私は彼からそのように見られているのだから。今やみんなが私のことをそのように見ている。立派な女性。完璧に落ち着きのあるアレンデールの女王。でも今、ついにアグナルは真実を知ることになる。

I ease myself down on the bed, reaching to grab my knitting needles and my half-finished project. An inappropriate task under the circumstances, but perhaps the only thing that might steady my hands—my pounding heart.
私はベッドに自分を横たわらせて、編み針と半分しか完成していない編み物をつかむべく手を伸ばす。この状況には適してない作業だが、おそらくこれが唯一私の手を安定させることだ。そして大きく鼓動する私の心を安定させること。

I can hear Agnarr push open the door, his strong, solid presence filling the room. But I don't look up. Instead, I start to knit as the ship rocks beneath my feet. It's dark down below, too dark to really see the delicate yarn, but my hands are sure and true, the repetitive motions as natural and familiar to me as taking in air. Yelana would be proud.
アグナルがキャビンのドアを押し開けるのが聞こえる。彼の力強く、確かな存在感が部屋に充満する。それでも私は目線を上げない。代わりに、私は船が足元で揺れる中で編み物を始める。甲板の下は暗く、繊細な糸を見るには正直暗すぎるが、私の手は確かで、反復する動きは自然にでき、息をするのと同じくらいに私には慣れたものであった。イエレナは誇りに思うだろう。

Yelana. Is she still out there, in the Enchanted Forest, still locked in the mist?
Only Ahtohallan knows.
イエレナ。彼女はまだ生きているだろうか。魔法の森で、まだ霧の中に閉じ込められているのだろうか? それも、アートハランのみぞ知る。

Suddenly, I want to throw my needles across the room. Or collapse on the bed in tears. But I do neither, keeping my attention on the unfinished shawl. Forcing myself to let each stitch lull me into something resembling comfort.
突然に、私は縫い針を部屋に投げ出したくなる。あるいは泣きながらベッドへ崩れ落ちたくなる。それでもどちらでもなく、ただただ、未完成のショールだけに気持ちを向け続ける。縫い目ひとつひとつが、心地よさのような何かで落ち着かせるように、自分を強いるのだ。

Agnarr pulls out a wooden stool from the captain's desk, sitting down across from me. He picks up a corner of the unfinished shawl, running his large fingers across the tiny stitches. I dare to sneak a peek at him, realizing his eyes have become soft and faraway.
アグナルは船長の机から木製のスツールを引き出して、私の向かいに腰掛けた。彼は未完成のショールの角の一つを摘み上げ、小さな縫い目に沿って彼の大きな指を走らせた。私はあえて彼を覗き見したところ、彼の目つきは柔らかくなり、遠くを見ていることに気づいた。

"This is the same pattern," he says slowly. And I know what he means without asking.
Because of course it is. I hadn't even realized it when I started, but of course it is.
The same pattern as the shawl my mother knitted me when I was a baby.
The shawl that saved his life.
「同じ柄だな」彼はゆっくりと言った。問わなくても彼が何を意味しているかはわかる。だってそうだもの。編み始めた時は自分でも認識していなかったけれども、もちろんそうなのである。私が赤ん坊だった頃、母が私のために編んでくれたショールと同じ柄。彼の命を救ったそのショール。

"It's an old Northuldra pattern," I explain, surprised how easily the words leave my mouth now that the truth is known. "Belonging to my family." I pick up his hand and place it on each symbol in turn. "Earth, fire, water, wind." I pause on the wind symbol, thinking back to Gale. "It was the Wind Spirit who helped me save your life that day in the forest.”
「古くから伝わるノーサルドラの柄なの」私は自分で説明しながら、この言葉が自分の口から、いともたやすく出すことができてしまったことに驚いた。「私の家族と結びつきのあるものなの」
私は彼の手を取り、それぞれのシンボルに順に当てながら説明した。「大地、火、水、風」
私は風のシンボルで手を止め、ゲイルのことを思い返していた。
「あの日、森で私があなたの命を救うのを助けてくれたのは風の精霊だったの。」

He gives a low whistle. "A wind spirit! If only I'd known," he says, reaching up to brush his thumb gently across my cheek. Even after all these years, his touch still sparks a longing ache deep inside, and it's an imperative, not an option, to drop my needles to return the gesture. To run my fingers against the light stubble of his jaw. "It would have made my stories to the girls so much more interesting.”
彼は低く口笛を鳴らした。「風の精霊か!もし早く知っていたらな」彼は言いながら、親指を私の頬にそっと当てた。これほどの年月が経っても、彼の感触はいまだに私の奥深くからこみ上げる心を痛めるような恋しさを呼び起こす。私はもはや選択肢もなく縫針を手放し、答えるように手を動かすのだ。彼の顎の薄い無精髭に指を滑らせる。
「あの子たちへのお話をもっともっと面白くするのに役立っただろうに」と彼は続けた。

I smile at this. I can't help it. He has always found a way to help me find sunshine amidst the gloomiest of days. It's strange, though, to realize he knows everything now. After a lifetime overshadowed with secrets, it should feel freeing.
私はこれに対して微笑んだ。そうせざるを得なかった。彼はいつだって、私が暗い日々の中で日差しを見つける方法を見出し続けてきてくれた。それでもおかしな感じだった。今や彼が全てを知ることになるというのが。秘密に覆われた人生を過ごした後、解放感を感じるものであった。

But in truth, it still scares me a little, and I find myself glancing at him when he doesn't know I'm looking. Trying to see, trying to know whether the truth has changed his feelings toward me. Does he resent me for keeping so much from him for so long? Or does he truly understand why I did it? If we survive this night, how will things change between us? Will the truth bring us closer together? Or tear us apart?
Only Ahtohallan knows. . . .
でも正直なところ、まだ私は少し遅れていた。私が見つめているのがわからないように彼にさっと目をやっている自分がいることに気づいた。真実が彼の私に対する想いを変えてしまうだろうか、というのを見抜こうとしたり、知ろうとしたり。これほど長い間ずっと知らせなかったことを怒ってしまうだろうか。それとも私がこうしてきたことについて真に理解してくれるだろうか。もし今夜を生き延びたら、私たちの間でどんな変化が起こるだろうか。真実は私たちをもっと近づけてくれるだろうか。それとも引き裂くのだろうか。
これも、アートハランのみぞ知るもの。。。

I reach out and take Agnarr's hands in mine, meeting his deep green eyes with my blue ones. I swallow down the lump in my throat that threatens to choke me, and force another smile.
"I will never forget that day," I start with a whisper, not sure he can even hear me over the tempest outside. "That horrible, wonderful day."
私は手を伸ばし、アグナルの両手を握る。彼の深い緑色の瞳と私の青い瞳の視線が交わる。喉を詰まらせ、窒息させてしまいそうなしこりをぐっと飲み込んで、私は再び笑顔になろうとする。
「あの日のことは決して忘れない」私はささやき始めた。外の暴風雨の音の中で私の声が彼に聞こえているかはわからないままに。「あの残酷で、素晴らしい日のことを。」

"Tell me," he whispers back, leaning in close. I can feel his breath on my lips. Our faces are inches away. "Tell me everything.”
「教えてくれ」彼は、近くに寄りかかってきて、ささやき返す。唇に、彼の息を感じる。お互いの顔は数インチしか距離がない。「全てを教えてくれ。」

I swallow all the words that threaten to jump out of my throat in a hurried rush, throwing myself back on the bed, staring up at the wooden-beamed ceiling. After I breathe calmly, I say, "That might take all night.”
私は、喉から急いで飛び出しそうになっていた言葉をすべて飲み込み、ベッドへと再び身を投げだし、木の梁のある天井を見上げて見つめる。静かに呼吸をした後、私は口にする。「一晩中かかるかもしれない。」

He crawls onto the bed, lying down next to me. He reaches out and curls his hand into mine. "For you, I've got forever.”
彼はベッドは這ってきて、私の隣に寝転んだ。彼は手を伸ばし私の手に片手を絡ませる。「きみのためなら、永遠に時間をかけられる。」

I swallow hard, tears welling in my eyes. I want to protest: we don't have forever. Or even all night. We may not have an hour, judging from the way the wooden beams of the ship are creaking and cracking. But at the same time, it doesn't matter. It's time. It's long past time. He deserves to know everything.
私は懸命に言葉を飲み込む。両目に涙が溜まってくる。私は言い返したい。私たちには永遠の時間などない。一晩中と言う時間さえもないかもしれない。船の木の梁の軋みや我から察するに、1時間も持たないかもしれない。それでも同時に感じる。そんなの関係ない、と。今なのだと。これほど経ったのだから、と。彼は全てを知るべきなのだ、と。

I swipe the tears away, rolling to my side and propping my head up with my elbow. "You have to tell your part, too," I say. "This story isn't only mine, you know.”
私は涙を拭き払い、寝転んだまま体を横に向け、頭を肘で支えて起こす。「あなたにも自分のパートを話してもらうから」と私は言う。「この話は私だけのものでないって言うのはわかるでしょう。」

His arm curls around my waist, his hand settling at the small of my back as he tugs me closer to him. He's so warm. How is it possible that he's still so warm? "I think I can manage that," he says with a small smile. "But you must start. It all began with you, after all.”
彼は私の腰に腕を回してきてあり、彼が私のことを引き寄せつつ、彼のては私の背中の小さな部分に落ち着く。彼はとってもあったかい。どうしてこれほどにもあったかくあれるのだろう。「できると思うよ」彼は微笑みながら言う。「でもきみが初めてくれないと。全てはきみから始まるんだから。どちらにしたって。」

"All right," I say, resting my head on his chest, his steady heartbeat against my ear. I close my eyes, trying to decide where to begin. So much has happened over the years. But there is that one day. One fateful day that changed the course of both our lives forever.
「そうね。」私は彼の胸に頭を乗せながら言う。彼の安定した鼓動を耳に感じながら。私は両目を閉じて、どこから語り始めるべきかを決めようとする。この何年もの間であまりにたくさんのことがあった。それでもあの日のことは大きかった。私たち二人の人生を永久に変えてしまったあの運命の日。

I open my eyes. "It all starts with the wind," I say. "My dear friend Gale."
As I speak, the words begin to course through me like the forbidding waters roiling outside. And like the waters, I will finally make myself heard.
私は目を開けた。「この話は、風から始まるの」と私は言う。「私の親愛なる友、ゲイルから。」
語り出すにつれて、言葉は、船の外で荒れ狂う恐ろしい水のように私の中を流れ始める。そして水のように、私は自分自身についに語らせることになる。

Agnarr will listen.
He's always been the storyteller in our family. But not this time. Now it's my turn to tell the tale.
アグナルは聞こうとしてくれている。
彼はいつも家族の中では語り手であったが、今は違う。今は私が物語を語る番だ。

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(記事原文・和訳ここまで)

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このシーンが冒頭であるとすれば、船が沈む夜の数時間の間にイドゥナとアグナルが互いに「あの日」のことを回想しながらお互いの知っていることを補い合う形で物語を進行させるという小説になりそうだ。結末は、船が沈んでしまうところになるのだろうか。

時系列でいえば、アナと雪の女王1作目のミュージカルシークエンス「雪だるまつくろう」の間奏部分で、二人の乗った船が荒れ狂う波の中、雷を受けているシーンに当たる。

アナと雪の女王2においては、その船の中で二人が互いを抱き合いがなら、沈んで行った様子が船内に残った水分の持つ「記憶」をもとにエルサの氷の魔法で再現された二人の彫像と「声」を通して再生された。

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この間の数時間、あるいは数時間もなかったかもしれない中での回想がメインになることから、352ページにわたるかなり濃密な回想が描かれることになりそうです。

ページ数で言えば、ハンスとアナのそれぞれの視点で1作目を描いたスピンオフ小説A Frozen Heartよりも少し長く、2作目の直前の話を描いたスピンオフ小説 Forest of Shadowsよりも少し短いくらいの分量になります。

 

今回公開された部分で明らかになったことは、

・イドゥナはアグナルにほとんどのことを話さずにアートハランへ向かう旅に出ていたということ

・イドゥナはイエレナと面識があったということ

・イドゥナも風の精霊のことをゲイルと呼んでいたこと(これはオラフがたまたまイドゥナと同じ名前を思いついたのか、あるいはオラフはイドゥナがそのように呼んでいたことを水の記憶から自然に察したのかどちらかであろうか)

・イドゥナはアートハランへ向かう道中、スカーフを編んでいる途中だったこと

などが挙げられます。

謎は多いですが、これらがイドゥナの秘密を理解していくことの鍵となっていくのでしょうか。

またイドゥナがアグナルのことをどれほど愛していたかがこの短い部分からも伝わってくるように、1作目では映画開始10分20秒で亡くなってしまう(イドゥナに至っては登場は2分30秒以下)ことから決して十分に描かれなかった二人の心情描写が一冊を通して丁寧に行われるであろうことが予想され非常に楽しみです。

 

今後も、11月3日の発売前に何か情報が明かされることがあったらこの記事に追記していくことにします。

 

(追記) 

12 year old Iduna; イドゥナ12歳時点のシーン

著者の Mari Mancusiさんが一部分を特別に公開したので訳しました

https://marimancusi.tumblr.com/post/626811121481940992/teaser-tuesday-12-year-old-iduna-here-we

 

FUN FACT: According to the film team, of all the spirits in the forest, Iduna is closest to the wind spirit.

トリビア:映画の制作チームによると、イドゥナは魔法の森の4精霊農地、風の精霊と最も親しい、という設定らしい。

 

以下、公開になった本文(一部)

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“STOP IT! YOU’RE TICKLING ME!”
「やめて!くすぐったいよ!」

 

I squealed in protest as the wind swirled around me, twirling me off my feet. 
風がわたしの周りをぐるぐる渦巻くように吹き、足元からぐるぐる回してくるので、やめて欲しいあまりに声を上げて叫んだ。

Gale, the Wind Spirit, seemed particularly, well, spirited this morning, tossing me playfully toward the sky, then catching me in a soft cushion of air as I fell  back to the earth.
風の精霊、ゲイルは、とりわけこの朝は実に威勢がよく(spirited)、わたしのことを、空に向かって投げ上げては、地面に落ちる前に空気の柔らかいクッションで受け止めてといった、いたずらをしてくる。

My stomach dipped and rolled with each up and down motion as I tried to wrestle my way back to the ground.
わたしが地面へ戻ろうともがこうとするので、上下運動をするたびにお腹の中がぐるぐると回るような気がした。(すみませんstomach dipped and rolledがうまく解釈できない🙏)

But I didn’t put up too much of a fight. After all, this was the closest I, a human girl, could come to flying. And who didn’t want to fly?
でもわたしはあまり闘いすぎないようにした。だってこれは、人間の女の子であるわたしが飛んでいるのに一番近い体験だったから。空を飛んでみたいと思わない人なんてどこにいるかしら?

 

“Where have you gone to, Iduna?” Yelana’s voice cut through the  forest.  “Come back here and finish your knitting!”
「イドゥナ、どこへ行った?」イエレナの声が、森の中から聞こえてくる。
「戻ってきて、編み物を仕上げなさい!」

Uh-oh.  
おっと。

Gale  dropped me unceremoniously onto my butt, swirling away quickly to hide behind a nearby oak.
ゲイルはわたしが尻もちをつくくらい少し雑に落としてから、渦巻いて飛んでいき、近くにあったオークの木の影に素早く隠れた。

The Wind Spirit knew better than to mess with Yelana when she came calling. I groaned and rolled my eyes as I scrambled to my feet.
この風の精霊は、呼びに来たイエレナと面倒を起こすほど愚かなことはしないのだ。わたしは慌てて立ち上がりながら、不満げにうめき、目をぐるりと回した。

“Coward,” I scolded.
「臆病者ね。」わたしはゲイルを叱った。

Gale swept up a small pile of leaves, creating an overly exaggerated  Yelana-shaped leaf monster, complete with scolding finger.
ゲイルは風を起こして小さな山になっていた落ち葉を掃き取り、その葉っぱで、誇張したイエレナの形の葉っぱのモンスターを形作った。おまけに叱るときにさす指まで付け加えた。

I couldn’t help a small laugh. “Yes, yes, I know. She’s can be scary. But still! You’re the Wind Spirit!”
わたしは少し笑わずにはいられなかった。
「そうそう、ホントに。イエレナはちょっと怖いよね。それでも!あなたは風の精霊でしょ!」

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どうやらイエレナは当時から厳しい人で、イドゥナに編み物を教えていたようです。

また何か情報が公開されたら追記します!

 

 

 

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【ディズニー初】同性愛者が主人公の短編「OUT」を巡る論争と監督の想い

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はじめに

ピクサーが制作し、公式ストリーミングサービス「Disney+」で配信している短編シリーズ「SparkShorts」。最新作の「OUT」が「殻を破る」というタイトルで、2020年7月3日に日本のディズニープラスでも公開された。

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この記事では、まずこの作品がどういう文脈で公開されたか、そしてこれをめぐって起こっている論争と2つの署名運動の紹介、最後に監督へのインタビューを和訳したものを紹介します。

 

 

追記(2020.7.9.)ピクサーの公式チャンネルに、監督やプロデューサのインタビュー含むメイキング映像が公開されました。

www.youtube.com

 

「SparkShorts」って?

ピクサーのSparkShorts シリーズは、これまでピクサーが技術的なテストと監督養成のために行ってきた劇場公開用の短編制作プロジェクトの小規模版といった形で、期間は半年、予算もかなり小さい制限の中で社内の監督やアーティストの育成や発掘を試みるプロジェクトである。Disney+というストリーミングサービスを運営していく上では、サービスの魅力を保つために常に新しいコンテンツを配信する必要があり、関連スタジオは配信用のコンテンツの制作に協力することが求められている、というビジネス的な理由も大きいのだろうが、こうして今まで長編作品の監督としてはメガホンを持つことができなかった人たちが、主導して作品作りに取組それが公開されるようになるというのは良い傾向であると言える。

こちらの動画でもお話ししたが、監督の多様性はそのまま作品で描かれる主人公やその抱える悩み、生きづらさなどに反映されるというのは明らかである。

www.youtube.com

 

ピクサーの描く「同性愛者」のこれまで、そして「OUT」をめぐる2つの署名運動

さて、その最新作として公開された「OUT」は、アメリカでの公開時からすぐに話題となっていた。それは本作がピクサーが初めて描く同性愛の主人公についての物語となったからだ。

これまでピクサーは、2016年のファインディング・ドリー、2019年のトイ・ストーリー4などで背景にほのめかし程度のレズビアンカップルと思われるキャラクターが描かれていたが、少なくとも日本ではほとんど話題にすら上がっていない。ピクサーファン!と自称する人もほとんど気付いていない可能性すらある。そんな表現だった。

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そして日本ではまだCOVID-19の混乱のために公開されていないが、「2分の1の魔法」(Onward)では、ようやく初めてセリフがある同性愛のキャラクターが登場した。しかしこのキャラクターは同性愛である必要性は作品全体としてはなく、作品の本筋に与える影響はほとんどゼロな、いわゆる「トークン・マイノリティ・キャラクター」であった(筆者は視聴済み)。確かにこれまでの描写を考えればセリフがあっただけでも大きな進歩ではあるのだが。

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そんな過程を踏んで、ようやく短編で描かれた「グレッグ」と「マニュエル」という男性の同性愛カップル。しかし彼らの表象を巡って2つの署名運動が起きました。

最初に始まった署名は、「同性愛の描写が子どもたちに悪影響を与えるから『OUT』の公開を取りやめること」を求める、非常にホモフォビックなもの。非常に残念なことに、すでに2万8千以上の賛同を集めています。しかしここで主張されていることは、2008年のカリフォルニア州での同性婚合法化に対して起こった「提案8号」の際の「保守派」や一部の「宗教団体」の主張と類似しています。「提案8号」がセンセーショナルだったのは、あれほどリベラルなカリフォルニア州でもこうなってしまったことでした。それから10年以上経ちましたが、「いまだに」このような署名運動が起きてしまうほど根深い問題となっています。そこでは、「不道徳で、無垢な子どもへの脅威だから取り下げろ」ということが主張されています。現時点でディズニーもピクサーも声明は出していません。

tfpstudentaction.org

これに対し、ピクサーに作品の公開を続けることを求める署名も始まりました。筆者はこちらには署名させていただきました。私は別にこの署名の数が集まることが大事だとも思っていませんし、取り下げを求める署名にディズニーやピクサーが屈するとは思っていませんが、それでも声を上げておくべきと思い個人的署名しました。(この記事は、署名を促すものではありません。)

www.change.org

 

ここまでの話はこちらの動画でも紹介しています。

www.youtube.com

 

 

記事和訳

ここからは6月にアメリカで公開された際に、エンターテインメントウィークリーのウェブに掲載された監督とプロデューサへのインタビューを一部省略しながら和訳していきます。

最後に私なりの考察を付け加えて記事を締めたいと思います。

ew.com

長年にわたって、LGBTQコミュニティはピクサーを所有するディズニー社に対して、映画館で上映する映画において、(LGBTQのキャラクターを)より大々的に表象し取り上げるよう呼びかけてきた。そのため、ハンターとサチャーがたった9分のアニメーションである本編を圧倒するような最初の反応を受け取った時、どうしてそれほどたくさんの人々が情熱的に反応するのか理解した。「私たちは、自分たちのような人を物語の中で見ることに飢えているんだって、教えてくれたんです。誰しもが。歩いている人すべてが。」 ハンターは語る。

 

「いろんな意味で、これは初めての取り組みだったんです。」サチャーは付け加える。「スティーヴにとっても私にとっても、そして私たちが愛しリスペクトするこの作品を作ったすべての人のためにも、これがこういった作品の最後の一つにならないことを望んでいます。

この短編で最初に映し出されるのは、「実際の物語に基づく」というタイトルカードです。「いくらかは私のカミングアウトの物語を基にしていますが、でもこれは私のカミングアウトの物語ではない側面もあるんです。」ハンターは説明する。彼の旅路をガイドする魔法の強烈な動物たちはいませんでした(彼が知る限りでは)、それでも真実である側面があります。この話がとってもたくさんの同性愛の人々が直面してきた、拒絶されることへの恐怖から、自分のアイデンティティを家族に隠していることのプレッシャーという意味で。

「私は、17歳のクィアだった自分のための作品を作ろうとしたんです。自分みたいな人を映画の中で見る必要があった、当時の自分のために。」と彼は言う。

この作品の視覚的な美術様式さえもが監督のティーン時代へのオマージュだと言うのです。彼はリトル・ゴールデン・ブックス・エディションのアリス・イン・ワンダーランド不思議の国のアリス)でのメアリー・ブレアの絵が大好きだったのです。「常に美しく描かれた水彩画か、油彩の淡彩画だったんです」と。

 

ハンターは、カナダ、オンタリオの小さな街で育った。そこで見られたメディアには、彼を自己受容へと勇気づけるようなものは一つもなかった。「それ(同性愛)に関することは何もかも「間違い、間違い、間違い」だ、と。私は心のどこかでそれを埋めて出さないようにしていました。」彼は言います。(キャムピーな(いかにも同性愛っぽい)歌声で、彼は「Turn it off, like a light switch」と歌い始めた。ブロードウェイ作品『ブック・オブ・モルモン』(アナ雪のロペス夫妻がかつて携わったことで有名な作品)のミュージカルナンバーを引用しながら。)ハンターはこのように続ける「どこかにやりたくなるし、どこかにやったはずなのに、どこにも消えていかない。ずっとあり続ける。しかもどんどん大きな声で、自分に対して叫び続けてきて、気にせざるを得ないんです。」そういうわけで、50代にも近づいた今、OUTの最初のストーリーボードを描きながら涙を流すことになったのです。描いていたその絵は、グレッグとマニュエルが抱き合い、写真を見ているものでした。「ピクサーでのキャリアで、こんな絵をこれまで描いたことがありませんでした。二人の愛し合う男の人を描いたことが。」

(中略)

トワイライト・ゾーン」のファンだったハンターは、彼の兄のペットを参考にして名前も借りたマグス(Mags)とジジ(Gigi)を、ロッド・サーリング的な役として描きたかった。「ロンが各エピソードの最初と最後を区切り、少し変わったことが起きて、それから終わるというような」ハンターは説明する。「私はそれをクィアなオーディエンスに向けてやりたかったんです。脚本の中でさえ、レインボーから登場するピンクと紫の犬と猫についての部分の文字はピンクと紫の色になっている。その春(インクレディブル2の製作中)、二人は本作のコンセプトをピクサーの代表ジム・モリスと、ピクサーのチーフ・クリエイティヴ・オフィサー(ラセターの後任)ピート・ドクターにピッチした。二人が彼らの判断を耳にするまでは、息を飲むような瞬間だったという。もちろん、知っているように、結果としては青信号(ゴーサイン)が出たわけですが。「この内容に関して逆境はありませんでした」ハンターは回想する。「彼らは、私たちがピクサーストーリーテリングとされるものに対して忠実であることをわかっていたのです。人々を笑わせ、泣かせる、感情を揺さぶるような物語を伝えるということです。」彼がいうには、笑いは人々を「気楽にさせ、エモーショナルな何かで訴えかけたとき、オーディエンスの彼らは心を開いてくれるのです。」と。

 

ハンターは、まだ「OUT」のコンセプトを、この短編以外に拡張することを考えてはいな言います。ですが、ソーシャルメディア上でファンからは、続編があるなら「グレッグとマニュエルに何が起こるのかがみてみたい」などの声が上がっています。他には、マグスとジジのスピンオフを提案する声もあります。「彼らの琴線に触れたことが伝わってきます」と言う。しかしその琴線からの音は十分に大きいのでしょうか。

 

「OUT」がハリウッドとアニメーションにおいてLGBTQの可視性に関する主要なマイルストーンとなる一方で、これに関する表象がまだディズニーの長編映画の中核ではほとんど不在なままであることを改めて思い出させます。2016年の「ファインディング・ドリー」では、二人の女性たちを含む一瞬のシーンが批評家のエッセイや、視聴者の反応の中で話題になりました。その中で、彼女たちが同性カップルかもしれないと言う憶測が飛びました。それ以前には、ハンターがスーパーヴァイジング・アニメーターとして携わった2012年の「メリダとおそろしの森」は、多くの人々に、メリダこそが密かなピクサーはつのレズビアンの主人公なのではないかと、思慮させることとなった。そうであるかどうかについては何も表立って言及されることはなかったにもかかわらず。ハンターはメリダが同性愛者であったとは考えたことがなかったという。なぜなら、共同監督のブレンダ・チャップマンの非常に個人的なところからきた物語だったからです。「でも私たちは、自分たちのような人を映画の中にみたいのです。」彼は加える。「だから理解できるんです。人々がそのように読み取るということも。ちょうど「アナと雪の女王」も同じようになりましたね。」ウォルト・ディズニー・アニメーションが「アナと雪の女王2」の制作に乗り出した時、とあるファンのキャンペーンが、続編でエルサにガールフレンドを与えるようディズニー社に呼びかけました。「私は、(映画を見て)自分たちのようなものかどうかを推察するのにうんざりしてます」ハンターは言う。「本当に可視化されたものを見たいんです。本当に自分たちを映画の中で見たいのです。」

今年初めに公開された、ピクサーの「2分の1の魔法」は、リナ・ウェイスが演じるオフィサー・スペクターというオープンリー・ゲイ(同性愛)・キャラクターを表現した、同スタジオで初の作品となりました。スペクターは、映画の会話の中で、ガールフレンドの娘と仲良くなることについて言及します。ほんの一瞬ではありますが、BBCは、厳格なホモフォビックな法律をもって中東の多くの国々が同作の上映を禁止したことを報道しています。このことは、なぜ「OUT」の作品のようなレベルでのLGBTQの可視性が、他の長編作品などにおいて見られないのはなぜか、というより大きな問題についての説明となります。たくさんの国々が、映画に影響する検閲の法律を備えており、ディズニーはこれまでも、ジョシュ・ギャッドの演じるル・フウの目を瞑ったら一瞬で見逃してしまうレベルの描写があった実写版「美女と野獣」でも同様の経験をしている。

 

エンターテインメント・ウィークリーに寄せられた主張では、GLAADのエンターテインメントメディアの監督、ジェレミー・ブラックロウは、「OUT」について「ウォルト・ディズニー・カンパニーにとって、LGBTQの人々を含む全ての愛に溢れるカップルや家族についての物語を歓迎するホームとして自社を築き上げていく上で、非常に大きな前向きなステップである。GLAADは、本日のDisney+での「OUT」のデビューをみるのを楽しみにしており、世界中のディズニーファンに対してより一層のLGBTQの受容を進めていくであろう、そのパワーについて興奮している。」と言及する。

「映画業界は、これまでもそうであったように、進化し続けている」とサチャーは言う。「映画がとても素晴らしいものであるのは、それが私たちが生きている世界の全てのスペクトラム(色が分かれて虹となるもの)を反映するものとして使われ得るからである。みんなが自分自身をみる機会がある限り、すなわち子どもたちが若い時に映画や、そこに描かれる記憶に残る、そして彼らに個人的なレベルで語りかけるキャラクターを指差すことができる限り、それこそが私たちのゴールだったんです。」

サチャーは今、新しいDisney+向けのプロジェクトの初期段階に取り掛かっている。それはまだあと数年は公開されないもののようだが。また、ハンターは同じストリーミングサービス向けの作品の開発を手助けしているが、今もっとクィアな物語を作りたいという「浮気心」があると言う。「着手したいと思うアイデアをいくつか抱えています。」と彼は言う。メジャーなスタジオから出る長編アニメーション映画にLGBTQのメインキャラクターが登場するかどうかについて言えば、ハンターは「すぐそこまできている」と信じているという。

「ちょっと待ってて欲しい。これは実現するから。」と付け加える。「私たちはどこへも行かない。もちろん一瞬で突然あらゆる映画がクィアになるわけではない。でも私たちは実際今ここにいて、この世界を構成している一部分であるのだから、映画の中で自分たちのような人を見られるようになる必要があるんです。」

(記事翻訳おわり)

 

おわりに

途中で紹介したこちらの動画でも話した通り、従来ピクサーが行ってきた「トークン・マイノリティ」としての描き方は、ステレオタイプの形成・維持や脇役としての立場の固定化をしてしまいますから、主人公に据えて丁寧に描くことは急務と言えるでしょう。

今回は10分以下の短編作品でしたから、あまり丁寧に葛藤が描けたとは評価し難いです。正直言って、カミングアウトの過程や、母親がもともと理解していたこと、父親は母親が理解したらすぐに無言で理解するという描き方は乱暴的すぎると言わざるを得ません。

私もトランスジェンダーに関する中高生向けの教材制作などに仕事で携わったこともありますので、この辺りについてはかなり慎重に分析したり議論したりした上で制作した経験もあり、この作品を観ると、なんとも言えないものを抱えざるを得ません。

しかし、一方でこのような「理想の姿」が、救いになる側面があることも無視してはいけないとも考えます。私たちはまだ、冒頭で紹介したような「ホモフォビックな」署名運動が起きてしまう社会に生きています。あのような署名運動があるという事実を聞いただけでも立ち直れないようなショックを受ける可能性だってあります。まずはピクサーの(ディズニーにとっても)第一歩として、主人公に据え、親子の理想形を描いたのだろうということで理解してこのOUTを称えたいと考えています。

 

一方で、主人公として取り上げることは「特別扱いのようで嫌だ」という声も聞こえてきます。確かに「同性愛者が主人公の短編」と言われてしまうことは、まだまだそれがある種「普特別」であることが強調される結果となっているわけです。この記事もそれに加担してしまっています。それでもこれまでの作品においては「いなかった」ことにされてきたわけで、このように取り上げることが段階として必要なこともまた確かなものです。これは監督も何度も繰り返していました。

それでも、この「OUT」での描かれ方が不十分な側面があることを制作人が認識しているであろうことは、インタビューでの監督の語り口からしても明らかです。長編作品で描くことについても、監督が触れていたように、まだまだほんのちょっとの同性愛描写で映画自体の放映が禁止されてしまう国がいくつもあることが、興行収入へ影響するということで、なかなか取り組めないままでいるということなのでしょう。

 

今回、みるか見ないかを選択できるウェブストリーミングの短編であってもあのような署名が3万近くの賛同を集めてしまう現状を見ても、アーティストがどれほど描きたいと思っていても、株主などはなかなか同意しないものなのかもしれません。とは言え、ピクサー社内にも、ディズニーアニメーションの社内にも、グレッグやマニュエルのような人が多くいるはずですから、監督の言うように期待して良いのかもしれません。

 

どちらにしても、まずはこの「OUT」が署名に屈して消されないことを祈るばかりです。

 

皆さんは、この「OUT」観賞されてどのような感想を抱かれているでしょうか?
ぜひこちらのブログか、動画へのコメント欄にお寄せください。可能な限りTwitterなどでもご紹介するようにします。

 

www.youtube.com

 

 

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ディズニー・スプラッシュマウンテン署名運動とは!?(追記)プリンセスと魔法のキスのアトラクションに変更決定

 

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追記

 実際に、結果としては、署名にあった要求に応える形で変更することが公式に発表されました!!(2020.6.26.)

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disneyparks.disney.go.com

 

この報道に関する速報動画はこちら↓

www.youtube.com

 

はじめに

当ブログでも、広い意味でのディズニーが行う「多様性」「社会的マイノリティ」「周縁化される人々」に関した表象のあり方の変更について取り上げてきていますが、2020年6月16日の報道で、「Disney reportedly creating new committee on minority representation in Orland parks and resorts」という記事が上がりました。
現在、#BlackLivesMatter 等が再燃する中において、ディズニーは本ブログでも主要なテーマとして扱ってきたDisney On Broadwayのアカウント等でもこのような投稿が多々なされていることからもわかるように非常に敏感にこう言ったことに対して意見表明をしています。

www.instagram.com

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パーク(いわゆるディズニーランドなどを含む総称)における表象の更新は、(「ディズニーランドは永遠に完成しない=更新され続ける」という言葉がある割に)映画よりも遅いことがあり、これまでも「価値観のタイムカプセル」的に揶揄されてきましたが、そのことについて動き出しつつあるようだ、という報道です。

この記事ではこちらを和訳しながら、内容を追いかけていきます。

www.orlandoweekly.com

 

またこちらの記事の内容は、当ブログの筆者 @westergaard2319 のYouTubeチャンネルでもトーク動画として扱いました。ぜひご覧ください!

www.youtube.com

 

記事の和訳

タイトル

Disney reportedly creating new committee on minority representation in Orland parks and resorts

「レポートによるとディズニーは、新たに、オーランドのパーク&リゾート(=Walt Disney World: WDW)におけるマイノリティの表象に関する協議会を形成しているようだ」

 

アメリカ人が自文化の文化の隅々にまでとり憑いている「人種差別の幽霊」と取っ組み合っている中、企業は今、自らの歴史的な過ちと不平等を永続させ続けている根深い偏見に対処することへ熱心に取り組もうとしています。ウォルトディズニカンパニーほど、このご時世で求められる自己の見直しに関する難儀な課題を持っている企業は他にないと言えるでしょう。

 

ディズニー社は、これまで議論になった問題について、ケースに応じて対応してきました。特定の人種やエスニック集団についての現在となっては受け入れがたい表現についての注意喚起を加えたり(Disney+などで配信される際に記載されているものなど)、特定のシーンをカットしたり(ダンボのジム・クロウのシーンはDisney+ではもう見られない*)、歌詞を変更したり(これはアラジンのアラビアンナイトに関する本ブログの記事を参照してください)、他の変更をすることで、問題のあるコンテンツを消すべく試みてきました。

 

*ダンボのジムクロウについてこの記事の中では削除されたと報道されているが、その後削除を取りやめ注意喚起にとどまった模様。

whatsondisneyplus.com

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これらの変更が映画においてなされてきたことは特筆すべきである一方で、同社のリゾート(テーマパーク)は、ここ数週間でも、多くの人々がディズニーリゾートでの経験について声を上げるようになってきたことから新たな課題に直面した。それらの声というのは、ずっと放置されてきた人種主義的な物語に基づいたアトラクションの更新を求めるものです。

 

Change.org という署名サイトにおいて、スプラッシュ・マウンテンのアトラクションの「リ・テーマリング(テーマの見直し、変更)」を求める声が上がり、国際的にも注目を集め、すでに1万以上の署名を集めています。

ジャズを歌うオランウータン(「ジャングル・ブック」)や、文字通りジム・クロウと名付けられた「ジャイヴトーキン(黒人ジャズミュージシャンのスラング)」な カラス(「ダンボ」)や、マジカル・ニグロ的な(白人の主人公を助けにくるサブキャラ的存在の黒人)集団が登場する作品が数多くあるディズニー作品だが、その中においても「南部の歌(ソング・オブ・ザ・サウス)」ほど問題のある映画はなかったと言える。1946年に製作された、南北戦争後の南部諸州再編の時代のプランテーションを舞台にした映画だ。そこでは、プランテーションの所有者の孫が黒人のストーリーテラーであるリーマスおじさんと仲良くなる。ブレアラビット、ブレアフォックス、ブレアベアが命を宿り、その物語の中にはオトリとしての罠である「ター・ベイビー」(「く*んぼ」にあたる差別用語)などの話も登場する。映画が元としている、ジョーエル・チャンドラー・ハリスの元の物語においては南北戦争以前の南部についての風刺批判が見つけられるが、映画ではその視点が不在である。問題になっているアトラクション、スプラッシュマウンテンはこの映画を元としている。

 

ディズニー(パーク)の抱える問題は、スプラッシュマウンテンひとつに限った話ではない。「ピーターパンの空飛ぶ旅」には、1953年の作品「ピーターパン」に登場する「インディアン」とやりとりをしたシーンに基づく、移動テント小屋の集落が登場する。作品においてインディアンは、歌を歌うのだが、そこが「ブロークン・イングリッシュ(カタコトの英語)」でない言葉を話す唯一の場面である。にもかかわらず、その歌の内容は「What Makes the Red Man Red(なぜ、赤い人は赤いのか)」(赤というのはネイティヴアメリカンに対して結び付けられる象徴的な色である。歌詞の内容も、英語が話せないことを揶揄する歌詞の内容で非常に差別的な歌である。)

他のアトラクションにおいても、それぞれ個別に問題直面する。例えば、エスニックな多様性や、マイノリティの歴史表象の不在、あるいは、黒人や他の非白人の技術的な貢献が「カルーセル・オブ・プログレス」(円形のシアターで、座席がメリーゴーランドのように回り、各時代の生活の様子をタイムマシーンのように見せていくアトラクション、日本にはない)で不在であること、などだ。

 

報告によれば、今ディズニーは、新たに、パーク・リゾート部門の中において、ディズニーパークの中にある、一連の問題のあるシーンやキャラクター、アトラクション全体について取り組むための協議会を立ち上げたという。そのリストは見直しのたびに増えていっているという。

 

信頼できる情報筋であるthe WDW Magic forumsでは、複数の情報ソースから、ディズニー社がどのように不適切なキャラクターの描き方についての対応するかについて議論しているという報告が寄せられているという。この新たに提案された協議会が取り組むアトラクションのリストは、噂によると、上記に書いたアトラクションのほか、「イッツ・ア・スモール・ワールド」「カントリー・ベア・ジャンボリー」「ザ・ホール・オブ・プレジデンツ(日本にはない)」「ジ・アメリカン・アドベンチャー・アンド・ザ・フープ・デ・ドゥー・レビュー(日本にはない)」も含んでいるという。

もし実行されるなら、その見直しは、ディズニーのアトラクションの不適切な部分の特定や変更についてより正式なアプローチがなされることになるだろう。ディズニーが、公式にそういったレビューのための協議会があることを認めるかどうかは定かではない。またその協議会からの提案を公にするかどうか、はたまたそのプロセスを明かすかどうかについても、定かではない。


驚くべきことに、「ディクシー・ランディングス」と知られるプランテーションをテーマにしたリゾート(WDW内に存在)はこのリークされた協議会による見直しのリストには入っていない。どうやらディズニーは20年前に行った名称の変更以上のことをするつもりはないようだ。今は「ポート・オーリンズ、リヴァーサイド」として知られているが、このリゾートはディズニーワールドのホテルの(コロナ後の)再オープンの第二波に含まれるようで、7月中旬には再オープンされることになっている。ディズニーはこのプランテーションをテーマにした建物を、「風格のある白柱の邸宅」と呼ぶ一方で、ディズニーワールドのウェブサイトでは数日前まで、「南北戦争前の南部の優雅さを感じながら寝転んでくつろいでください」という文句で客へアピールしていた。そこには、(黒人奴隷による綿花栽培をしていた時代の象徴である)搾綿機も置かれている。

 

ディズニーがアトラクションやその他の提供物について更新をするのは今回が初めてではない。2016年6月14日にワニが2歳の子供を殺した後は、ディズニーはワニに関する多くのものを撤去した。2015年には、ビル・コスビーの胸像がハリウッド・スタジオ・パークから撤去された。彼の性的暴行に関する申し立てがあったことが明らかになったからだ。また南部連合の旗は、土産店から撤去され、エプコット・パークのアメリカン・アドベンチャーのホール・オブ・フラッグスに今後決して飾られないことになった。さらに、「カリブの海賊」の複数のシーンはジェンダー表象の観点からより良い表現へと更新された。

取締役会長のボブ・アイガー(ロバート・A・アイガー)と、新たにCEOに指名されたボブ・チャペックの両氏が、新たなイニシアティブに基づいて、ディズニーのマイノリティ表彰についての歴史を公に認めようと思っていることがほのめかされている。

全ての主要なハリウッドのスタジオがそうであるのと同様に、ディズニーもまた指揮をとる役職レベルにおける、深刻なマイノリティの代表者の不足(人事的な意味で)という問題がある。この点については、間も無くなされるであろうスタジオサイドに関するアナウンスメントによって取り組まれる予定だ。ディズニー社のその新たなイニシアティヴに関するニュースは、ディズニーの所有下にあるABCのような局ではない、ハリウッドに関する報道に焦点をおいたメディアから発信される模様だ。

どんな変更であれ、ディズニーのアトラクションやリゾートについて承認された変更は、実際に実装されるまで数年かかるようだ。現時点においては、ひとまず全て再オープンすることが待ち望まれている。7月中旬にはディズニーワールド、ディズニーランドのテーマパークがオープンする予定になっている。

 

westergaardのコメント

映画についてはスタジオが、どんどん過去の表象をパロディしたり、実写版の作成などによって、「遅すぎ」ではありながらもある程度「軽やかに」「柔軟に」対応するようになってきている。新しく作られる作品においてはどんどん過去の表象について「self-reflexive(自己再帰的)」な描き方がされるようになってきていることは、私が最近始めたYouTubeチャンネルでも紹介しているような『シュガー・ラッシュ:オンライン』や、記事でも取り扱った『アナと雪の女王2』などで見られている通りだ。 

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またオンラインでの配信サービスプラットフォームとしてのDisney+が展開され始めたことから、カット、変更、注意喚起などの対応がなされやすくなったことは良い傾向であった。

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ディズニーのテーマパークは、昨今日本でもようやく配信され始めた「イマジニアリング・ストーリー」でも語られていると思うが、一旦作ったらそれっきり変更が基本的には加えられない映画(実際には上のように変更されるようになってきているが)に対して、常に更新し続けることのできる場としての意味があった。

にもかかわらず、パークこそが「過去の価値観」を冷凍保存し続ける場所となってしまっている側面がある現状は否定することはできない。

しかし同時にディズニーのパークが、過去の「古き良きアメリカ」を振り返る歴史追体験的側面があることから、そういった過去にどう向き合うかという問題が絡んでくるため簡単には解決できない。

また、南部の唄(ソング・オブ・ザ・サウス)が批判されたように、実際に存在したはずの差別がなかったことにしてしまうのも問題とされる。実際、一次大戦直後が舞台にっている、初のアフリカ系アメリカ人女性を主人公にした「プリンセスと魔法のキス(2009年公開)」においても、公民権運動以前であればあったはずの差別がほぼなかったことにされており、それに対する批判は公開当時からなされてきている。

あれほどヒットしたアナと雪の女王においても、スカンジナビア半島遊牧民族であるサーミの描き方や文化の扱い方についての批判が為された結果、アナと雪の女王2においてはサーミを模した民族に対する歴史的迫害とその歴史修正主義的な態度を改めることが主人公たちの旅の中で課せられた。さらに制作にあたっては文化盗用(カルチュラル・アプロプリエーション)にならないよう、サーミと契約を結んでいることなども公表されている。

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他にも、Zootopiaのように差別や偏見に対して取り組む作品も登場しており、ディズニーアニメーションスタジオはじめとする映画スタジオ部門が取り組んでいることを追って、パーク・リゾートの部門(Disney Parks, Experiences and Products)下の各部署も取り組んでいくことになったのであろうと推察される。

#BlackLivesMatter が再びセンセーショナルになってきている現在、アメリカにおいて、そして世界においてあまりに巨大すぎるメディア企業が、多くの人たちの価値観に子どもの頃から影響を与え続ける「ディズニーランド」などのパークのアトラクションがどのように変更されていくのか、注意深く見守っていきたい。

 

 

 

※ディズニーカンパニー内の部署の構成については以下の図を参照。この図は、先日ブロードウェイアナと雪の女王が終了した理由について考察した記事のために作成したものであるが、中央にあるのが「Disney Parks, Experiences and Products」。

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