westergaard 作品分析

映画、ミュージカル、音楽、自分が好きなものを分析して語ります。

ミュージカル『The PROM』の背景にある同性愛をめぐる米国事情(1)〜ブロードウェイ版、Netflix版、地球ゴージャス版を観て〜

 

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はじめに

『The PROM』は2018年にブロードウェイで上演され、10ヶ月程度で幕を閉じた後、2020年にNetflixミュージカル映画化された作品。

現在は、岸谷五朗の翻訳と演出で地球ゴージャスの演目としてTBS赤坂ACTシアターで4/13まで上演されている。その後は大阪公演も控えている。

www.chikyu-gorgeous.jp

この作品は、アメリカでの同性愛をめぐるコンサバティヴ側の動きと、リベラルとされるブロードウェイコミュニティ側の両者の前提がある程度共有されていないと、所々分かりづらいことや、直感的に分かりづらい部分がある。筆者、westergaardは、2018年ー2019年をニューヨークで過ごしており、ブロードウェイの劇場に多く通ったため(そのうちのかなりをFrozenに費やしてしまったが笑)この『The PROM』も正式オープンの後11月に観劇していた。バンバン飛び出てくる「ギリギリをせめたダークユーモア」に、こんなどぎついのをやっているのか、と衝撃を受けつつ周りの客と一緒に笑いながらみたのを覚えている。しかし、日本で地球ゴージャス版を鑑賞した時、日本の文脈で見ると「笑っていいのだろうか?」と思って引っかかってしまうところが多くあった(もちろん今は感染症対策でそもそも声を出して笑うことは控える前提があるが)。

 

やはり、アメリカにおける同性愛をめぐる状況や、シアターのことについてもそれなりに把握しているたことが観客の前提として想定されていることが大きいと感じる。

何度か観劇しているが同行した知人が、ここはどこがギャグなのか、と尋ねてきた部分もいくつもあったのでこの記事を書くことにした。

まだ公演は続くので、ぜひこれから二度目の舞台を鑑賞する方や、映画版を観た上で舞台に行こうか悩んでいる方の参考になればと思う。

初見の方にはネタバレになる話が書いてあるので、ネタバレOKであればぜひお読みください。

 

※この作品は、おそらく日本の多くの人たちは2020年末にNetflixで配信されたライアン・マーフィ版で知ったのではないかと思う。ライアン・マーフィは、90年代の『Popular』や2010年代の『glee』で有名なティーンコメディを得意とする映画やテレビドラマを手がける方だ。もちろんこの映画版は、ほとんどブロードウェイ版をベースにしており、曲の追加や大きな変更はあまりない。しかし、『The PROM』は、ブロードウェイの舞台でやることを前提に、ブロードウェイのアクターコミュニティを自己批判的に描いている部分や、メタ・シアターの手法を用いた演出が多く行われているので、やはり舞台で見るのがフォーマットとしては合っているように思われる。 

 

この記事の第2弾はコチラ!⬇︎⬇︎⬇︎

ikyosuke.hatenablog.com

 

 

従来の「ティーンコメディ」と一線を画すフォーマット

タイトルのプロムは、これまで数々の映画や舞台で描かれたティーンものの見せ場として使われる「華のイベント」であることから、いわゆる学校を舞台にしたティーンものを想像しながら観に行った。同年には2004年のティナ・フェイの映画「Mean Girls」を同じティナ・フェイの脚本でミュージカル化したものも上演されており、そちらを先に見ていたので似たようなものを想像して行ったが、良い意味で期待を裏切った。

まず、ティーンもので散々描かれてきた、ティーンのスクールロマンスの見せ場であり山場となる「プロム」。それがどれほど異性愛規範を前提として、成り立っているもので、どれだけ排他的(exclusive)であったかを問題提起するくらいの作品である。

すでに観賞した方はご存知のように、インディアナ州の高校に通うエマが、ハイスクールの卒業を祝うプロムへ同性の恋人アリッサと参加しようとした結果、プロム自体を中止されたり、それが撤回されても策略で本家のプロム とは別の「偽プロム」へ行かされてしまうというのが前半のプロットになっている。

このプロットだけでも十分作品になりそうだが、実はもう一つの別の軸があるという作りなのだ。ここにさらにブロードウェイにかつてからあるシアターコミュニティ自体を自己再帰的に語る、ブロードウェイの人たちの在り方を劇中でメタ的に語る形式が持ち込まれる。

 

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『The PROM』は、ブロードウェイで新しいミュージカル「エレノア」のプレミアが行われたところから始まる。「エレノア」はいわゆる劇中劇であり、架空の作品だが、フランクリン・ルーズベルトの妻で、リベラル派の夫人運動家で文筆家でもあるエレノア・ルーズベルトを主人公にした作品になっている。

しかしこの「エレノア」は、主演のバリーグッドマンとD.D.アレンの人柄が作品とマッチしていないということが大きな理由となり批評家からボロクソに叩かれ、公演は初日で打ち切りになる。

そんな2人に加え、20年間『シカゴ』のコーラスをやっても主役が回ってこないアンジーと、ジュリアード音楽院を出ても仕事が回ってこなくてバーでバイトをしているトレント、バリーとD.D.の広報担当のシェルドンの合わせて5人が、自らの名誉挽回のために首を突っ込んでアクティヴィズムとして見せることのできる事件がないかをツイッターで探し、エマのことを見つけてその学校へ乗り込んでいく。

 

『The PROM』についてはせっかくなので数本記事を書くつもりで考えている。

まず一本目のこの記事では、①「偽プロム事件」の元になった事件の紹介と、②なぜ舞台がインディアナなのか?そして、③ブロードウェイで取り上げることの意義という時事的な背景を整理しようと思う。

 

①「偽プロム事件」のもとになった事件。

それは、2010年にミシシッピ州、フルトンのイタワンバ農業高校で起こった。

タキシードを着て、ガールフレンドをプロムへ連れて行こうとしたコンスタンス・マクミレンさんは、同性同士での参加を認めない教育委員会からプロムへの参加を禁止された。

そこで、そのことにマクミレンさんが抗議すると、教育委員会はプロム自体を中止にするという判断をした。

続いて、マクミレンさんとACLU(アメリカ自由人権協会)が学区を訴訟すると、裁判所は米憲法修正第1条で保障された権利(表現や宗教の自由)を侵害していると判断したが、学区に対してプロム開催を強制はできなかった。そんな状況の中で、マクミレンさんは騙されて、7人の生徒しかいない「偽プロム」に行かされた。

しかもそのうち2人は学習障害がある生徒だったという。一方で別の場所では「本物のプロム」が開催されていた。明らかな差別と隔離が行われたのだ。

このことが報道されると、ロックバンドのグリーン・デイや、料理人キャット・コーラ(ミシシッピ出身でフードネットワークで有名)、ランス・バス(オープンゲイで、イン・シンクのメンバーとして有名なミシシッピ出身の歌手)らセレブリティがSNSなを使って抗議し、マクミレンさんへの支援と、別のインクルーシヴなプロムを用意するための出資をすることになった。

大まかなプロットはこれに沿う形で作られている。2021年の現在から見ると事件自体は11年前の話になる。

www.theatlantic.com

 

②なぜ舞台がインディアナなのか?

『The PROM』では、散々インディアナがディスられるわけだが、ブロードウェイとインディアナ州は因縁の関係にあることが背景にある。

本作では、ブロードウェイのアクターたちがリベラルな考え方の代表者として、またエマを取り巻くインディアナの人たちがコンサバティヴな考え方をする人たちの代表として描かれている。もちろんその両者のどちらかが「正しい」という書き方をしていないところが本作の重要なポイントなのだが、そこが絶妙に日本の文脈で分かりにくいというのがあるようなので、それは次の記事で書こうと思う。

今はまず、インディアナがなぜコンサバの代表として描かれ、堂々とディスられるのかをまとめることを優先する。

 

話はドナルド・トランプが大統領戦に出馬表明をした2015年6月よりも3ヶ月前のインディアナ州に遡る。

2015年3月26日、インディアナ州で「宗教の自由回復法」の保護を定めた法律が成立した。

この法律は要するに、個人や企業が訴えられたときに、その防御として「宗教上の理由」を挙げることができる、とするもの。事実、インディアナ州ではこの時点でも同性婚が合法だったわけだが、ウェディングの業者が同性愛者の式を挙げないなど、事業者が同性愛者へのサービス提供を拒否することを認める可能性があるとして批判の対象になったのだ。

この法律に署名した州知事こそ、のちに副大統領になったマイク・ペンス共和党)だ。ペンスは、批判を受けてもなお、この法律が直接的に同性愛者に対する記述がないことを理由に、差別的でないとしたが、それでも世間では実質的にはセクシュアルマイノリティへの差別を合法化するものと広く認識された。

これについては当時、アップルや、セールスフォースなどの企業も抗議したり、アシュトン・カッチャーマイリー・サイラスなどのセレブリティたちも、#BoycottIndianaのハッシュタグで抗議したことは日本でも報道された。

www.afpbb.com

③ブロードウェイで取り上げることの意義

もともとブロードウェイのコミュニティは、基本的にリベラルな考え方の人たちが圧倒的に多数派なので、トランプの勝利に対して懸念を抱いていいたり憤ってえたりする人は当然多いわけだ。

あらゆる多様性に対してサポートする立場を掲げており、特に『RENT(1996)』を代表するような作品などで同性愛を大々的にテーマとして扱って問題提起してきているという流れもあるわけだ。

『Hamilton(2015)』は、今やモアナの作曲家としても名高いリン=マニュエル・ミランダが脚本・作曲・作詞・主演した作品だ。「アメリカ建国の父」と呼ばれるアレクサンダー・ハミルトンの生涯を取り上げながらも、あえてほとんどの役を有色人種の役者に演じさせヒップホップやR&B、ソウルなどの非白人音楽で演出して問題提起する作品として大ヒットした(Disney+で配信中)。

そんな『Hamilton』を、マイク・ペンスが鑑賞しにきたのだ。タイミングとしては、2016年の選挙でトランプが勝利し、次期副大統領になることが決まった直後であった。その公演のカーテンコールで、ペンスが来ていること把握した上で、アーロン・バー役のブランドン・ヴィクター・ディクソンはマイクペンスに対するスピーチをした。「この舞台があなたに対して、アメリカの価値観を支持し、国民全員を代表して動くよう深くインスパイアしていますように」という内容のある種の警告文書だった。当然ここには、『ハミルトン』自体で問題提起しているような人種の話だけでなく、前年にインディアナであったことも含んだ話であることは明らかである。そしてトランプがこのことに対してツイッターでキレたことを知っている人は多いのではないだろうか。

www.nytimes.com

 

『The PROM』の最初のトライアウト公演は、そんな2016年に行われた。

その後、ブロードウェイ版はプレビューが2018年の10月からスタートし、公式オープンは11月。翌2019年8月には閉まったので実質丸一年も公演はしていないが、2018年の年末のサンクスギビングデーのパレードでフィナーレのナンバー「It’s TIme To Dance」を披露し、最後にエマとアリッサのキスを見せたことで全国的に話題になった。メイシーズのパレードは長年テレビ放映されてきたがその歴史の中で初めて同性同士のキスが地上波で放送されたことはインパクトが大きかったようだ。

 

いったん結び。(次の記事へ続く)

まずこのような背景を前提にして作られたプロットであることは、ほぼ前提のように突きつけられてきて、そこにさらに、ブロードウェイのコミュニティに対する自己批判的な視点が別の軸として絡んでくるので、まずここまでの文脈があまり共有できていないと、突然何を見せられているのかわからないという状況になってしまう部分はあると思う。

 

次の記事では、実際にあった『偽プロム事件』とはもう一つ別の軸である、ブロードウェイコミュニティのあり方とその自己批判的なメタな視点や描き方について、実際にミュージカルナンバーを追いながら解説を加えていきたいと思う。

 

 

つづき:第2弾はコチラ!⬇︎⬇︎⬇︎ 

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