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【ディズニー初】同性愛者が主人公の短編「OUT」を巡る論争と監督の想い

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はじめに

ピクサーが制作し、公式ストリーミングサービス「Disney+」で配信している短編シリーズ「SparkShorts」。最新作の「OUT」が「殻を破る」というタイトルで、2020年7月3日に日本のディズニープラスでも公開された。

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この記事では、まずこの作品がどういう文脈で公開されたか、そしてこれをめぐって起こっている論争と2つの署名運動の紹介、最後に監督へのインタビューを和訳したものを紹介します。

 

 

追記(2020.7.9.)ピクサーの公式チャンネルに、監督やプロデューサのインタビュー含むメイキング映像が公開されました。

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「SparkShorts」って?

ピクサーのSparkShorts シリーズは、これまでピクサーが技術的なテストと監督養成のために行ってきた劇場公開用の短編制作プロジェクトの小規模版といった形で、期間は半年、予算もかなり小さい制限の中で社内の監督やアーティストの育成や発掘を試みるプロジェクトである。Disney+というストリーミングサービスを運営していく上では、サービスの魅力を保つために常に新しいコンテンツを配信する必要があり、関連スタジオは配信用のコンテンツの制作に協力することが求められている、というビジネス的な理由も大きいのだろうが、こうして今まで長編作品の監督としてはメガホンを持つことができなかった人たちが、主導して作品作りに取組それが公開されるようになるというのは良い傾向であると言える。

こちらの動画でもお話ししたが、監督の多様性はそのまま作品で描かれる主人公やその抱える悩み、生きづらさなどに反映されるというのは明らかである。

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ピクサーの描く「同性愛者」のこれまで、そして「OUT」をめぐる2つの署名運動

さて、その最新作として公開された「OUT」は、アメリカでの公開時からすぐに話題となっていた。それは本作がピクサーが初めて描く同性愛の主人公についての物語となったからだ。

これまでピクサーは、2016年のファインディング・ドリー、2019年のトイ・ストーリー4などで背景にほのめかし程度のレズビアンカップルと思われるキャラクターが描かれていたが、少なくとも日本ではほとんど話題にすら上がっていない。ピクサーファン!と自称する人もほとんど気付いていない可能性すらある。そんな表現だった。

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そして日本ではまだCOVID-19の混乱のために公開されていないが、「2分の1の魔法」(Onward)では、ようやく初めてセリフがある同性愛のキャラクターが登場した。しかしこのキャラクターは同性愛である必要性は作品全体としてはなく、作品の本筋に与える影響はほとんどゼロな、いわゆる「トークン・マイノリティ・キャラクター」であった(筆者は視聴済み)。確かにこれまでの描写を考えればセリフがあっただけでも大きな進歩ではあるのだが。

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そんな過程を踏んで、ようやく短編で描かれた「グレッグ」と「マニュエル」という男性の同性愛カップル。しかし彼らの表象を巡って2つの署名運動が起きました。

最初に始まった署名は、「同性愛の描写が子どもたちに悪影響を与えるから『OUT』の公開を取りやめること」を求める、非常にホモフォビックなもの。非常に残念なことに、すでに2万8千以上の賛同を集めています。しかしここで主張されていることは、2008年のカリフォルニア州での同性婚合法化に対して起こった「提案8号」の際の「保守派」や一部の「宗教団体」の主張と類似しています。「提案8号」がセンセーショナルだったのは、あれほどリベラルなカリフォルニア州でもこうなってしまったことでした。それから10年以上経ちましたが、「いまだに」このような署名運動が起きてしまうほど根深い問題となっています。そこでは、「不道徳で、無垢な子どもへの脅威だから取り下げろ」ということが主張されています。現時点でディズニーもピクサーも声明は出していません。

tfpstudentaction.org

これに対し、ピクサーに作品の公開を続けることを求める署名も始まりました。筆者はこちらには署名させていただきました。私は別にこの署名の数が集まることが大事だとも思っていませんし、取り下げを求める署名にディズニーやピクサーが屈するとは思っていませんが、それでも声を上げておくべきと思い個人的署名しました。(この記事は、署名を促すものではありません。)

www.change.org

 

ここまでの話はこちらの動画でも紹介しています。

www.youtube.com

 

 

記事和訳

ここからは6月にアメリカで公開された際に、エンターテインメントウィークリーのウェブに掲載された監督とプロデューサへのインタビューを一部省略しながら和訳していきます。

最後に私なりの考察を付け加えて記事を締めたいと思います。

ew.com

長年にわたって、LGBTQコミュニティはピクサーを所有するディズニー社に対して、映画館で上映する映画において、(LGBTQのキャラクターを)より大々的に表象し取り上げるよう呼びかけてきた。そのため、ハンターとサチャーがたった9分のアニメーションである本編を圧倒するような最初の反応を受け取った時、どうしてそれほどたくさんの人々が情熱的に反応するのか理解した。「私たちは、自分たちのような人を物語の中で見ることに飢えているんだって、教えてくれたんです。誰しもが。歩いている人すべてが。」 ハンターは語る。

 

「いろんな意味で、これは初めての取り組みだったんです。」サチャーは付け加える。「スティーヴにとっても私にとっても、そして私たちが愛しリスペクトするこの作品を作ったすべての人のためにも、これがこういった作品の最後の一つにならないことを望んでいます。

この短編で最初に映し出されるのは、「実際の物語に基づく」というタイトルカードです。「いくらかは私のカミングアウトの物語を基にしていますが、でもこれは私のカミングアウトの物語ではない側面もあるんです。」ハンターは説明する。彼の旅路をガイドする魔法の強烈な動物たちはいませんでした(彼が知る限りでは)、それでも真実である側面があります。この話がとってもたくさんの同性愛の人々が直面してきた、拒絶されることへの恐怖から、自分のアイデンティティを家族に隠していることのプレッシャーという意味で。

「私は、17歳のクィアだった自分のための作品を作ろうとしたんです。自分みたいな人を映画の中で見る必要があった、当時の自分のために。」と彼は言う。

この作品の視覚的な美術様式さえもが監督のティーン時代へのオマージュだと言うのです。彼はリトル・ゴールデン・ブックス・エディションのアリス・イン・ワンダーランド不思議の国のアリス)でのメアリー・ブレアの絵が大好きだったのです。「常に美しく描かれた水彩画か、油彩の淡彩画だったんです」と。

 

ハンターは、カナダ、オンタリオの小さな街で育った。そこで見られたメディアには、彼を自己受容へと勇気づけるようなものは一つもなかった。「それ(同性愛)に関することは何もかも「間違い、間違い、間違い」だ、と。私は心のどこかでそれを埋めて出さないようにしていました。」彼は言います。(キャムピーな(いかにも同性愛っぽい)歌声で、彼は「Turn it off, like a light switch」と歌い始めた。ブロードウェイ作品『ブック・オブ・モルモン』(アナ雪のロペス夫妻がかつて携わったことで有名な作品)のミュージカルナンバーを引用しながら。)ハンターはこのように続ける「どこかにやりたくなるし、どこかにやったはずなのに、どこにも消えていかない。ずっとあり続ける。しかもどんどん大きな声で、自分に対して叫び続けてきて、気にせざるを得ないんです。」そういうわけで、50代にも近づいた今、OUTの最初のストーリーボードを描きながら涙を流すことになったのです。描いていたその絵は、グレッグとマニュエルが抱き合い、写真を見ているものでした。「ピクサーでのキャリアで、こんな絵をこれまで描いたことがありませんでした。二人の愛し合う男の人を描いたことが。」

(中略)

トワイライト・ゾーン」のファンだったハンターは、彼の兄のペットを参考にして名前も借りたマグス(Mags)とジジ(Gigi)を、ロッド・サーリング的な役として描きたかった。「ロンが各エピソードの最初と最後を区切り、少し変わったことが起きて、それから終わるというような」ハンターは説明する。「私はそれをクィアなオーディエンスに向けてやりたかったんです。脚本の中でさえ、レインボーから登場するピンクと紫の犬と猫についての部分の文字はピンクと紫の色になっている。その春(インクレディブル2の製作中)、二人は本作のコンセプトをピクサーの代表ジム・モリスと、ピクサーのチーフ・クリエイティヴ・オフィサー(ラセターの後任)ピート・ドクターにピッチした。二人が彼らの判断を耳にするまでは、息を飲むような瞬間だったという。もちろん、知っているように、結果としては青信号(ゴーサイン)が出たわけですが。「この内容に関して逆境はありませんでした」ハンターは回想する。「彼らは、私たちがピクサーストーリーテリングとされるものに対して忠実であることをわかっていたのです。人々を笑わせ、泣かせる、感情を揺さぶるような物語を伝えるということです。」彼がいうには、笑いは人々を「気楽にさせ、エモーショナルな何かで訴えかけたとき、オーディエンスの彼らは心を開いてくれるのです。」と。

 

ハンターは、まだ「OUT」のコンセプトを、この短編以外に拡張することを考えてはいな言います。ですが、ソーシャルメディア上でファンからは、続編があるなら「グレッグとマニュエルに何が起こるのかがみてみたい」などの声が上がっています。他には、マグスとジジのスピンオフを提案する声もあります。「彼らの琴線に触れたことが伝わってきます」と言う。しかしその琴線からの音は十分に大きいのでしょうか。

 

「OUT」がハリウッドとアニメーションにおいてLGBTQの可視性に関する主要なマイルストーンとなる一方で、これに関する表象がまだディズニーの長編映画の中核ではほとんど不在なままであることを改めて思い出させます。2016年の「ファインディング・ドリー」では、二人の女性たちを含む一瞬のシーンが批評家のエッセイや、視聴者の反応の中で話題になりました。その中で、彼女たちが同性カップルかもしれないと言う憶測が飛びました。それ以前には、ハンターがスーパーヴァイジング・アニメーターとして携わった2012年の「メリダとおそろしの森」は、多くの人々に、メリダこそが密かなピクサーはつのレズビアンの主人公なのではないかと、思慮させることとなった。そうであるかどうかについては何も表立って言及されることはなかったにもかかわらず。ハンターはメリダが同性愛者であったとは考えたことがなかったという。なぜなら、共同監督のブレンダ・チャップマンの非常に個人的なところからきた物語だったからです。「でも私たちは、自分たちのような人を映画の中にみたいのです。」彼は加える。「だから理解できるんです。人々がそのように読み取るということも。ちょうど「アナと雪の女王」も同じようになりましたね。」ウォルト・ディズニー・アニメーションが「アナと雪の女王2」の制作に乗り出した時、とあるファンのキャンペーンが、続編でエルサにガールフレンドを与えるようディズニー社に呼びかけました。「私は、(映画を見て)自分たちのようなものかどうかを推察するのにうんざりしてます」ハンターは言う。「本当に可視化されたものを見たいんです。本当に自分たちを映画の中で見たいのです。」

今年初めに公開された、ピクサーの「2分の1の魔法」は、リナ・ウェイスが演じるオフィサー・スペクターというオープンリー・ゲイ(同性愛)・キャラクターを表現した、同スタジオで初の作品となりました。スペクターは、映画の会話の中で、ガールフレンドの娘と仲良くなることについて言及します。ほんの一瞬ではありますが、BBCは、厳格なホモフォビックな法律をもって中東の多くの国々が同作の上映を禁止したことを報道しています。このことは、なぜ「OUT」の作品のようなレベルでのLGBTQの可視性が、他の長編作品などにおいて見られないのはなぜか、というより大きな問題についての説明となります。たくさんの国々が、映画に影響する検閲の法律を備えており、ディズニーはこれまでも、ジョシュ・ギャッドの演じるル・フウの目を瞑ったら一瞬で見逃してしまうレベルの描写があった実写版「美女と野獣」でも同様の経験をしている。

 

エンターテインメント・ウィークリーに寄せられた主張では、GLAADのエンターテインメントメディアの監督、ジェレミー・ブラックロウは、「OUT」について「ウォルト・ディズニー・カンパニーにとって、LGBTQの人々を含む全ての愛に溢れるカップルや家族についての物語を歓迎するホームとして自社を築き上げていく上で、非常に大きな前向きなステップである。GLAADは、本日のDisney+での「OUT」のデビューをみるのを楽しみにしており、世界中のディズニーファンに対してより一層のLGBTQの受容を進めていくであろう、そのパワーについて興奮している。」と言及する。

「映画業界は、これまでもそうであったように、進化し続けている」とサチャーは言う。「映画がとても素晴らしいものであるのは、それが私たちが生きている世界の全てのスペクトラム(色が分かれて虹となるもの)を反映するものとして使われ得るからである。みんなが自分自身をみる機会がある限り、すなわち子どもたちが若い時に映画や、そこに描かれる記憶に残る、そして彼らに個人的なレベルで語りかけるキャラクターを指差すことができる限り、それこそが私たちのゴールだったんです。」

サチャーは今、新しいDisney+向けのプロジェクトの初期段階に取り掛かっている。それはまだあと数年は公開されないもののようだが。また、ハンターは同じストリーミングサービス向けの作品の開発を手助けしているが、今もっとクィアな物語を作りたいという「浮気心」があると言う。「着手したいと思うアイデアをいくつか抱えています。」と彼は言う。メジャーなスタジオから出る長編アニメーション映画にLGBTQのメインキャラクターが登場するかどうかについて言えば、ハンターは「すぐそこまできている」と信じているという。

「ちょっと待ってて欲しい。これは実現するから。」と付け加える。「私たちはどこへも行かない。もちろん一瞬で突然あらゆる映画がクィアになるわけではない。でも私たちは実際今ここにいて、この世界を構成している一部分であるのだから、映画の中で自分たちのような人を見られるようになる必要があるんです。」

(記事翻訳おわり)

 

おわりに

途中で紹介したこちらの動画でも話した通り、従来ピクサーが行ってきた「トークン・マイノリティ」としての描き方は、ステレオタイプの形成・維持や脇役としての立場の固定化をしてしまいますから、主人公に据えて丁寧に描くことは急務と言えるでしょう。

今回は10分以下の短編作品でしたから、あまり丁寧に葛藤が描けたとは評価し難いです。正直言って、カミングアウトの過程や、母親がもともと理解していたこと、父親は母親が理解したらすぐに無言で理解するという描き方は乱暴的すぎると言わざるを得ません。

私もトランスジェンダーに関する中高生向けの教材制作などに仕事で携わったこともありますので、この辺りについてはかなり慎重に分析したり議論したりした上で制作した経験もあり、この作品を観ると、なんとも言えないものを抱えざるを得ません。

しかし、一方でこのような「理想の姿」が、救いになる側面があることも無視してはいけないとも考えます。私たちはまだ、冒頭で紹介したような「ホモフォビックな」署名運動が起きてしまう社会に生きています。あのような署名運動があるという事実を聞いただけでも立ち直れないようなショックを受ける可能性だってあります。まずはピクサーの(ディズニーにとっても)第一歩として、主人公に据え、親子の理想形を描いたのだろうということで理解してこのOUTを称えたいと考えています。

 

一方で、主人公として取り上げることは「特別扱いのようで嫌だ」という声も聞こえてきます。確かに「同性愛者が主人公の短編」と言われてしまうことは、まだまだそれがある種「普特別」であることが強調される結果となっているわけです。この記事もそれに加担してしまっています。それでもこれまでの作品においては「いなかった」ことにされてきたわけで、このように取り上げることが段階として必要なこともまた確かなものです。これは監督も何度も繰り返していました。

それでも、この「OUT」での描かれ方が不十分な側面があることを制作人が認識しているであろうことは、インタビューでの監督の語り口からしても明らかです。長編作品で描くことについても、監督が触れていたように、まだまだほんのちょっとの同性愛描写で映画自体の放映が禁止されてしまう国がいくつもあることが、興行収入へ影響するということで、なかなか取り組めないままでいるということなのでしょう。

 

今回、みるか見ないかを選択できるウェブストリーミングの短編であってもあのような署名が3万近くの賛同を集めてしまう現状を見ても、アーティストがどれほど描きたいと思っていても、株主などはなかなか同意しないものなのかもしれません。とは言え、ピクサー社内にも、ディズニーアニメーションの社内にも、グレッグやマニュエルのような人が多くいるはずですから、監督の言うように期待して良いのかもしれません。

 

どちらにしても、まずはこの「OUT」が署名に屈して消されないことを祈るばかりです。

 

皆さんは、この「OUT」観賞されてどのような感想を抱かれているでしょうか?
ぜひこちらのブログか、動画へのコメント欄にお寄せください。可能な限りTwitterなどでもご紹介するようにします。

 

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